矢部:るみ子さんは、入っていないんですか?

手塚:入っていないです。ファンではなくて、家族ですので(笑)。矢部さんが一番最初に読んだ手塚作品は何ですか?

矢部:手塚先生の作品ではないですが、藤子不二雄先生の『まんが道』で、手塚先生のことがすごく魅力的に描かれていますよね。それまでも『ブラック・ジャック』などを読んでいたのですが、あれで僕にも手塚先生のすごさがズドンとわかったんです。手塚先生が漫画に対してどんなことをしたのかということをわかりやすく描いてくださっていて……。『まんが道』は、使徒が教えを広げるといった感じの本ですよね。『地底国の怪人』や『新寶島』などで革新的なことをされていたということに目を開かされた。これが一番最初のインパクトです。

手塚:『まんが道』がきっかけで手塚作品を読もうと思った方は結構いらっしゃって、藤子先生には頭が上がりません。

矢部:印象に残っている作品でいうと、やはり『火の鳥』です。僕の世代の「あるある」だと思うんですが、学校の図書館に唯一おいてある漫画なんです。僕は教室から図書室に逃げ込むところがあったのですが、その時に読んで、俯瞰で物事を見ることができるようになって、今いろいろある悩みなんてどうでもいいやという気持ちになった。AD3000年の時代とかが出てきますからね(笑)。すごく広い視野が開けて、しかもそれが子どもの僕にも全部わかったような気がしたんです。その時、ちょっと大人に近づいた気がしました。わかっていなかったかもしれないですが、でも手塚先生はそういうふうに描いてくださっているんです。

手塚:わかった気になれるというのはいいですよね。それが幼い矢部さんの心に刺さったんですね。先ほど表現力のお話をしましたが、新宿に向かって走っている車の中で、この道路がまっすぐなのは戦時中、滑走路にするためだったのではという話を大家さんから聞いて、その時に乗っている車がふっと浮くシーンがあります。あの表現がとても刺さりました。それまで大家さんとの間にリアルに起こったエピソードを描いていますが、あの瞬間に空を飛ぶという空想の世界になる。ふわっと浮かんだ瞬間に、リアルに実在する大家さんの話からロマンある話になる。ファンタジーを描けるのは、絵本作家でいらっしゃるお父様の影響でしょうか。

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