崔さんの名前を検索エンジンに入力すると、正視に堪えない文字が連なる。街頭でヘイトデモ解消を懸命に訴える崔さんの画像とともに、「祖国に帰りましょう」というタイトルの動画が「ニュース」と銘打ち、垂れ流されている。

 このネット上のバッシングは、1月以降、中学生(現在は高校生)の長男にも飛び火した。

 韓国籍と日本籍をもつ長男は1月21日に開催された平和を唱えるイベントで、ヘイトスピーチを浴びた経験をラップで披露した。新聞やニュースサイトで紹介されると、長男を名指しした差別的な書き込みが拡散され、注目度を表すランキングで上位に掲載された。崔さんは声を詰まらせながら訴える。

「私に対するネット上のヘイトは見たら眠れなくなるし、自分のことだけでもとても苦しいのに、大切な子どもがこんなひどい目に遭うなんて……。彼は、差別はいけない、平和が大事だというシンプルな思いを好きなラップで表現しただけなんですよ」

 2月2日に是正を求める会長談話を発表した神奈川県弁護士会は「この中学生に浴びせられている言葉は、およそ人が人に対してかける言葉とは思えぬ程醜悪かつ差別的なもの」と断じた。起案にかかわった本田正男弁護士は、ネット上のヘイト被害の特質は「コピペされ、がん細胞のように転移し膨らんでいくこと」と話す。特に米国系の検索サイトやSNSのプロバイダーから「削除」の成果を得るのは容易ではない、という。ネックになるのは表現の自由との兼ね合いだ。崔さんは問う。

「表現の自由は私もとても大切だと思いますが、個人を貶め、社会から排除するヘイトスピーチは民主主義社会で許容されるものなのでしょうか」

 3月下旬の金曜日の夜。崔さんは息子に誘われて官邸前デモに参加した。「国民なめんなよ」のコールが始まると、日本国民ではない崔さんは黙り込むしかなかった。しかし、隣の息子は「市民をなめるな」としなやかに言い換えてコールに加わっていた。

 その様子を見て、崔さんはこう思った。

「現状が悪いのであれば、変わってほしい、よりよくなってほしいと声を上げればいい。社会は変えられるという希望さえあれば、また立ち上がれる」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2018年4月30日-5月7日合併号より抜粋

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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