のなか・けいいちろう/出版社勤務などを経て、現在はフリーで活躍中。近著に『結婚まで意識した彼と別れた。でもそれはけっして絶望ではない』(プレジデント社)(撮影/写真部・大野洋介)
のなか・けいいちろう/出版社勤務などを経て、現在はフリーで活躍中。近著に『結婚まで意識した彼と別れた。でもそれはけっして絶望ではない』(プレジデント社)(撮影/写真部・大野洋介)

 保護センターに収容された捨て犬が、耳が不自由な人を助ける聴導犬となり、ユーザーと深い絆で結ばれる……『聴導犬のなみだ』は訓練士、聴導犬、ユーザーのつながりを描いた一冊だ。著者の野中圭一郎さんが取材を通して得た気づきについて、話を聞いた。

 目の不自由な人を助ける盲導犬と比べて、耳の不自由な人を助ける聴導犬のことは本当に何も知らなかったのだと、本書を読むと痛感する。盲導犬は全国で950頭実働しているのだが、聴導犬はわずか71頭(2017年12月1日現在)。認知度もはるかに低い。

「捨てられた犬が聴導犬になって人を救うということを知って、このタイトルをつけました。悲し涙がうれし涙に変わるんだなと」

 著者の野中圭一郎さんは、日本聴導犬推進協会の訓練士、訓練された犬、ユーザーに密着した。保護センターの子犬を訓練士が愛情を持って育て、しつける。そして聴導犬となった後は、ユーザーと愛情と信頼によってパートナーとなっていく。その過程には個々のドラマがあり、残念ながら聴導犬になれない犬もいるし、訓練士を目指すも「適性なし」と言われてしまう青年もいる。聴導犬を残して亡くなるユーザーもいる。

 聴導犬は目覚まし時計やインターホン、赤ちゃんの泣き声、自動車の警笛、火災報知機や非常ベルなど、生活の中で必要な音を教えるのが一般的だ。しかし、本書に登場する「あみのすけ」はユーザーの東彩さんに鳥の鳴き声や花火の音も教えてくれるという。それは東さんが今まで気付くことのなかった音だった。世界には“生活に必要な音”以外にも素敵な音があふれている。

「ユーザーと聴導犬はお互いをパートナーに築き上げていくんだろうなと思います。いろいろな危機があっても、それを一緒に乗り越えて本当に信頼しあったいい夫婦みたいな関係になっていくんです」

 訓練施設の主な財源は寄付金だが、それも決して潤沢とは言えない状況だ。

「理想は知名度がもっと上がって聴導犬がどこにでも行けるようになり、国もきちんと予算を取ってくれるようになって、スタッフがバイトをしなくても人並みの生活ができるような形になることですね」

 身体障害者補助犬法の施行から今年で16年。

「耳の不自由な方はコミュニケーションをとることが難しいので、想像以上に大変だというのが取材を進めて感じたことです。取材に応じてくれた方は積極的に外に出ようというタイプですが、そうでない方は本当に引きこもってしまうのではないでしょうか」

 一人でも多くの聴覚障害者が良きパートナーに出会い、さまざまな音に気付くことができるよう願わずにいられない。(ライター・濱野奈美子)

AERA 2018年1月29日号