●国に頼らず自分で稼ぐ

「その日暮らしの貧しさは今もあるものの、飢餓の時代と比べたら、すごい変化が起きた。配給システムから切り捨てられた庶民が自力で生活水準を上げてきた結果が、北朝鮮の経済成長の根っこにある。金正恩氏の経済政策や労働党の指導の結果だとは、誰一人、思っていない」(石丸さん)

 だからこそ、体制への依存や忠誠はますます薄れていく。

「自立し、自分の頭と足で稼ぐという考えになるので、意識も国家統制から離れていく。これは、とても明るい材料だと思う」(同)

 庶民の面倒を見ることをやめた体制が、核・ミサイル開発に巨額の国家予算をつぎ込んでいることに、「人民無視だ」という声は多い。だが、経済制裁の影響が出ているという報告は、現時点で協力者から届いていない。それでも石炭や鉄鉱石、海産物などの輸出が禁止されると、仕事を失う人が増え、景気は徐々に悪化していく。そう、石丸さんは見ている。

 庶民生活の間に市場経済が浸透する一方で、いまも体制の統制下にある軍人や警官、役人の生活は、安い月給と粗末な配給に苦しめられている。とても生活できず、庶民に賄賂を強要し、搾取を繰り返すなどの腐敗が常態化。軍では、将校らが軍備品や食糧を横流しして換金するため、末端の兵士たちは食べるものがなく、栄養失調で飢えている。とても戦える軍隊ではない。国に納める一定のノルマ分以外の余剰分は自由に販売できる裁量権を与えられた農民も、結局はノルマがどんどん上がり、余剰分どころか、農民自身が食べる量を確保することにも困窮している状況だという。

 国際社会の圧力を無視して核・ミサイル開発に突き進む金正恩政権。その足元では、「食べさせてやるから言うことを聞け」という仕組みが崩壊し、新しい生活の形を自力で模索する庶民の活力が、少しずつ芽生え始めているように見える。(編集部・山本大輔)

AERA 2017年10月9日号