稲垣えみ子「お墓に入るということ “終の住処”は森の樹木」 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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稲垣えみ子「お墓に入るということ “終の住処”は森の樹木」

連載「アフロ画報」

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稲垣えみ子AERA
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

*  *  *
 さて先週の続きです。我が母の葬式をなんとか済ませた稲垣家ではありますが、まだ解決すべきことが。

 お墓をどうするか。

 これもまた驚いたことに父の意思は定まっておりまして、「樹木葬」にしたいと。えっ、そうだったの!? まったく親の思いなど子はちーともわかっちゃいません。

 とはいえ実際にどこにお願いするかとなると父も五里霧中。そうこうするうち、一人暮らしの父の元へ墓セールスの資料が大量に舞い込み始めた。モノの売れぬ現代、どの業界もやはり必死なのだと思います。

 そんな過酷な情報の海から父がめげずに見つけ出したのが、ある市民団体が主宰する森のお墓でした。

 土砂採取で裸になった山に、樹木葬を望む人を募って少しずつ木を植えていき、50年後には緑の山に戻すというプロジェクトです。「墓石を作らない=樹木葬」とする業者が多い中、文字通り「自然に還す」ということになる。なるほど次第に父の考えがわかってきた気がしてきた。

 ということで、父と姉と私の3人でゴトゴト電車に揺られ、現地見学に行ってきたのです。

 駅からさらに車で約20分。里山に囲まれた現地では、地元の木の実から育った苗が、少しずつ埋まる区画で風に揺れています。夫婦で同じ木の下に眠ることもできるという説明をうなずきながら聞く父。そうなんだ。父もいずれお墓に入っていくんだ……なーんて感慨に浸っていたら、えみちゃんはどうすると父。えっ! なるほどここは私の「終の住処」になるかもしれないのです。人は死ぬ。残された時間は決して長くはない。そう思うと悲しさより寂しさより、勇気が湧いてくる気がするのは年のせいでしょうか。

 駅前でお昼を食べて帰ろうということになり、地元の人で賑わう古い食堂で新鮮な魚の定食を食べました。また来られるかなとみんな笑顔でした。これも縁です。欲よりも縁を大切に生きていけばいいのだなと思ったら、元気が出てきた夏の終わりでした。

AERA 2017年9月4日号


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稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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