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宗教学者・島田裕巳が語るお葬式 大往生で亡くなった人は葬儀でなくお祝いを

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島田裕巳(しまだ・ひろみ)/1953年、東京都生まれ。宗教学者、東京女子大学非常勤講師。『無宗教でも知っておきたい宗教のことば』(朝日新聞出版)など著書多数

島田裕巳(しまだ・ひろみ)/1953年、東京都生まれ。宗教学者、東京女子大学非常勤講師。『無宗教でも知っておきたい宗教のことば』(朝日新聞出版)など著書多数

 日本人がなじんできた「お葬式のかたち」がいま激変している。従来型のお葬式ではなく、「家族葬」が広く受け入れられ、弔いの形は家から個へ――。葬儀費用の「見える化」と価格破壊は何を生むのか。AERA 8月7日号で、新しい葬式の姿と、大きく影響を受ける仏教寺院のいまを追った。

 時代の移り変わりとともに、死に対する考え方も変化している。宗教学者の島田裕巳氏が推奨する、新たな葬儀の方法とは――。

*  *  *
 江戸時代にできた檀家(だんか)制度は、菩提(ぼだい)寺を中心に地域共同体をまとめる上で重要な役割を果たしていました。しかし今や、墓の後継ぎはいなくなり、永代供養墓に預けるのが現状。もはや檀家制度は限界にきていると言えます。

 私たちはこれまで人を葬るということにあまりにも強い関心を持ちすぎていたのではないでしょうか。私が提案している「0(ゼロ)葬」は、遺骨全部を火葬場の処理に任せ、引き取らないようにしようというやり方です。そんなことができるのかと思われるかもしれませんが、東日本では遺骨をすべて持ち帰る「全骨収骨」なのに対し、西日本は「部分収骨」で、全体の3分の1程度しか持ち帰らず、残りは火葬場などが処理しています。0葬だと遺骨は残らず、墓を建てる必要もありません。

 平均寿命が80歳を超えるまで長生きするようになった社会では、死に対する考え方が変わらざるを得ない。若くして亡くなったのであれば遺族の悲しみはありますが、100歳近くまで生きて亡くなったのであれば、むしろ「おめでたい」という思いのほうが強いのではないでしょうか。「大往生」で亡くなった人に対しては葬儀ではなく、お祝いをしたほうがいい気がします。

 私自身は0葬にすべきだという立場ではありません。0葬を考えることで、死んだ時に各人、本当に何が重要で、何が余計なのかを見極めてくれればと考えています。私が死んだら「卒人式」をしたい。「卒人」──人を卒業するという意味です。人間を無事に終わりましたと、お祝いをしてもらうのです。

(構成/編集部・野村昌二)

AERA 2017年8月7日号


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