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武田砂鉄「ナンシー関がいたら…」に苛立つ理由

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武田砂鉄AERA

今、ナンシー関がいたらなんと言っただろう……(※写真はイメージ)

今、ナンシー関がいたらなんと言っただろう……(※写真はイメージ)

 子どもの頃読んで忘れられない本、学生時代に影響を受けた本、社会人として共鳴した本……。本との出会い・つきあい方は人それぞれ。各界で活躍する方々に、自身の人生の読書遍歴を振り返っていただくAERAの「読書days」。今回はライターの武田砂鉄さんです。

*  *  *
 今、ナンシー関がいたらなんと言っただろう……との言質を時折見かけるがその度に苛立つ。おまえが言えよ、書けよと思う。

 芸能人の言動を観察し続けたナンシー関。「週刊朝日」の連載コラムから厳選した本書をアトランダムに開くと、中山秀征を「生ぬるバラエティーの申し子」と書き、「神田うのの『語り』に耳を傾けるのは、頭の悪いオヤジだけ」との宣告が出てくる。15年前に亡くなった彼女の指摘は、効力を持ったままだ。

 逆に言えば、「生ぬる」が放牧されたままということ。情報通気取りの「お茶の間」は業界と同化し、事務所の力関係などの事情を察知してご満悦。当人への毒舌はテレビの中で完結する。

 自分も、芸能人評を週1で連載しているが、ナンシー関がどう書いていたかは読まないようにしている。なぜって、そこに平然と答えが書いてあるから。藤原紀香について「日本の日常では手に負えん」とある。やはり、読んではいけないのだ。

武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年生まれ。ライター。著書に『紋切型社会』『芸能人寛容論』ほか

AERA 2017年6月12日


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