○×方式の従来型教育では、子どもは「言えそうなこと」を人前で発表するのを怖がる。不正解だと「恥ずかしい」からだ。しかし、○×ばかりやっていると、言えそうなこと=仮説を立てられなくなる。未知の問題に立ち向かう際には「仮説」を立て、論証していくことが必要だが、そのプロセスを体験できていない。それが、日本の子どもの記述や論述の弱さの原因だと苅野さんは言う。

「正解のない世界で、自分の考えを発信することに慣れることが大事。ロジムでは間違っても人格を否定されないし、先生も時にヘンなことを言う。勇気を出して自分の仮説を言えば、『ふーん、なんでそう考えたの?』と聞いてもらえ、みんなで議論できる。その繰り返しで子どもは明らかに変わります」

 小学校高学年の「グラフを読み取る」という授業では、子どもたちからぽんぽん意見が出ていた。先生が割って入る。

「○○くんの言ってることは、合ってるんだけど、なんか変だと思った人はいない?」

 別の子が手を挙げる。

「結論と根拠がずれてない?」

「じゃあもう一回、根拠を考えてみよう」

 苅野さんはロジムをあえて「やけにものわかりの悪い大人や、言いたいことが伝わらない友達がいる場所」にしている。

●うまく伝えるツール

 原点にあるのは、自身のこんな経験だ。コンサルタント時代、MBAホルダーで「ロジカルシンキング」も学んだはずのエリートたちと付き合ったが、相手の立場に立てない人が多いことに愕然(がくぜん)とした。本来のロジカルシンキングとは、相手にうまく伝えるための道具なのに、彼らは自分の考えが伝わらないと、理解しない「相手が悪い」と決めつけた。

 また、自身の出身校でもある東京大学の学生と日本の大学進学率について話していたときのこと。

「平然と『98%くらいでしょ』と言うんです。聞くと小学校からずっと私立で、自分と似た環境で育った人としか付き合ったことがない。その彼が官僚になるという。怖いと思いました」

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