「厳しさを乗り越えて手にしたひとしおの歓喜を、マインツに関わるすべての人と分かち合えた素晴らしさ、この一体感を忘れることはないでしょう」 (※写真はイメージ)
「厳しさを乗り越えて手にしたひとしおの歓喜を、マインツに関わるすべての人と分かち合えた素晴らしさ、この一体感を忘れることはないでしょう」 (※写真はイメージ)

 独ブンデスリーガのマインツに所属する武藤嘉紀選手が「AERA」で連載する「職業、ブンデスリーガー」をお届けします。大学在籍時からFC東京に所属し、日本代表にも選出。現在はマインツで活躍する武藤選手が異国の地での戦い、生活ぶりをお伝えします。

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 5月13日、アイントラハト・フランクフルト戦で逆転勝利し、最終節を前に2部への自動降格を免れることができました。

 この日はホーム最終戦で、サポーターの熱気も相当なもの。僕たちは、異例ですが来季のユニホームを着てプレーし、それも「このユニホームで来年も1部で!」というクラブの意気込みの表れとなったように思います。

 絶対に勝利することが必要な試合で、2点を先行される厳しい展開でしたが、ジョン・コルドバ選手のゴールをきっかけに、スタジアムはさらにヒートアップ。それに後押しされるように、僕も「必ずゴールを決める。逆転する」という思いと、感覚が研ぎ澄まされ、勝ち越し弾と、4点目につながるPKを獲得することができました。

 試合後は、ピッチを開放して大勢のサポーターを迎え入れました。彼らは僕たちと同じ視線に立ち、応援ソングや「オレたちゃ2部には行かないぜ」という即興のチャントを歌い続けました。選手は、飛びつかれ、もみくちゃにされながらも、誰彼となく「ダンケシェーン!(どうもありがとう)」という言葉を贈られました。

 ただ、自動降格は免れたとはいえ、もし最終節で10点差で負けるようなことでもあれば、2部3位との「プレーオフ」にまわる可能性もわずかに残されています。それにもかかわらず、まるで優勝したかのような祝福を受け、クラブの祝勝会まで開かれたことには少し驚きました。

 日本であれば、プレーオフの確率が1パーセントでもあれば、「最後まで何が起こるかはわからない」と気を引き締め、きっと喜びの感情は押し殺していたことでしょう。ドイツ人は「10対0の試合なんてあり得ない」というリアリストなのかもしれません。僕は「先を憂い、負けることを恐れるよりも、今、勝ち取ったものを素直に喜び、明日への糧にしろ」と言われているような気がしました。

 厳しさを乗り越えて手にしたひとしおの歓喜を、マインツに関わるすべての人と分かち合えた素晴らしさ、この一体感を忘れることはないでしょう。

(構成/藤原夕)

武藤嘉紀(むとう・よしのり)
1992年7月生まれ。東京都世田谷区出身。慶應義塾大学経済学部卒業。大学在籍時からFC東京でプレー。2014年にはJリーグで13得点、日本代表に選ばれた。翌15年、Jリーグファーストステージで10得点と活躍し、これを置き土産にドイツ・マインツへと移籍。1年目はリーグ7得点を挙げた。

AERA 2017年5月29日号