「どこが危険か全部分かっている。観た人がびっくりする芝居をやりたい」

 よく通る声、まっすぐな視線だ。

 舞台女優の役で主演したのは、30年来、「水族館」の看板女優をつとめる、千代次(ちよじ)さん。「芸能の神様」の膝元での興行の実現に、最初は、

「売れない演歌歌手が紅白に出られたみたいなものかな。売れて、また転落する歌手っているよな」

 ところが、再開発の尽くされた新宿の街に降り立った時、思いが変わったという。

「あたしがイメージしていた新宿と違う。まがい物がいっぱいで、ヤクザな町で、いろんなものの坩堝(るつぼ)だと思っていたのに」

●「嵌まったら食えない」

 花園の地霊が苦しんでいるように思えてならない。世の中で失われていくものをこそ、持ち続けていきたいのだと言った。野暮を承知で、劇中での好きな台詞や場面を問うてみると、伏し目がちにこう返された。

「あたしね、芝居の言葉って芝居で言わなきゃと思ってるの。好きな言葉ってありますよ。でも、それは活字になった時には、違ってしまう」

 舞台と客席の結界がなくなり、一つの世界のなかで息をする。それが「芝居の理想」だと言い残した。

 今回初めて舞台に立ち、「三文文士」の役で場を引き締めた伊藤裕作さんは、1990年、「水族館」に東京・高円寺で初めて出合い、全身に電流が走った。

「役者の雄叫びが弾け、水が吹き上がる。壮大なスペクタクルだった」。でも同時に、怖いと思ったと打ち明ける。

「この人たちに嵌(は)まり込んだら大変。とても食えない」

 長年、風俗ライターとして東京・吉原や大阪・飛田新地などで女性の声を拾い集めてきた。ぐっと距離が近づいたのは、
「水族館」の一座が東京・山谷や横浜・寿町の日雇い労働者、渋谷や新宿のホームレスの人たちに向けて路上芝居を打っているのを知ったときだ。

 ちょうど、「伝説のストリッパー」と呼ばれた、一条さゆりの十七回忌に際し、彼女が生涯を閉じた大阪・釜ケ崎で何かできないか関係者から相談を受けていた。伊藤さんは、真っ先に一座と連絡を取り、2013年夏、彼女を題材にした演目「谷間の百合」の上演にこぎ着けた。

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