
2019年1月1日に皇太子が新天皇に即位する方向で政府が検討に入るなど、天皇の退位がにわかに現実味を帯びてきた。しかし、退位後はどうなるのか。
政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が退位を「一代限り」と方向づけるなど、天皇の退位を巡る議論が現実味を帯びてきた。しかし、名称や住まいも含めて退位後の天皇の実際の在り方はどのようなものになるのだろうか。
民族派愛国者団体「一水会」の木村三浩代表(60)は「京都」をキーワードにこう提唱する。
●条件整っている
「サイパンやフィリピンに続いて今年はベトナム。今上陛下が慰霊訪問にかける意欲は大変なものがあります。世界情勢の中で明治、大正、昭和と続いてきた世界大戦の歴史を、平和を尊ぶ顕現者として平らけくされていると感じます。有識者会議も、一代限りとか典範の改正とか付け焼き刃的な議論だけで、本来からの本質的な皇室像は提示できていない。
もっと大きく考えると、125代続く皇室が日本にとって大きな役割があったのは明治以降に限りません。江戸期であれ室町であれ平和の時代を権威として司祭鎮魂をなされてきた。そもそもドロドロした政治権力に巻き込まれず、京都で国安かれ、民安かれとお祈りをされることが尊いことなのです」
退位後の天皇は京都へ──。明治維新以前の天皇の姿に戻るべきではないかという意見だ。
「時代の転換点で倒幕の錦の御旗として東京に来られ、国民がまとまったのは事実。しかし内戦を経て日清、日露から大東亜戦争の敗戦まで、ずっと戦争の時代でした。大日本帝国憲法55条でも天皇は政務に責任がないことが規定されていながら、占領軍の中には天皇の戦争責任を厳しく追及しようとした向きもあった。危うかったんですよ。
そして、今上陛下は平和を尊び慰霊を続ける天皇像としての務めを、ずっと担ってこられた。譲位されたら憲法にも制約されない一方で、東京におられると権威の二重性のような議論も浮上しかねない。だとしたら日本の歴史と伝統の顕現者として、京都で文化的なお立場をより統合していただきたい。京都御苑の中には迎賓館もあり、賓客を接遇するにも不足はない。医療機関をはじめお過ごしになるのにあらゆる条件が整っている、それが京都ではないでしょうか」