初めて神宮のおまつりを撮影する機会を頂き、森の中で茣蓙(ござ)を敷いた上で天と大地に祈りを捧げるおまつりに、私は体中がしびれた。世界中の聖地を巡り、どの聖地も美しく祈りの姿は尊いものだった。美しい建築、装飾やステンドグラスなど、すばらしいものはたくさんあったが、これほど静謐(せいひつ)で自然と一体化した、美しいおまつりを見たことがなかった。その森の聖地には木漏れ日が届き、神域を流れる五十鈴川の水音、鳥のさえずり、そして木々の葉が風によって美しいハーモニーに包まれていた。

 神宮には世界でも類を見ない「式年遷宮」というおまつりがある。20年に一度、お宮を建て替えて神様をお遷(うつ)しする。このおまつりは、絶えず更新することにより、古代からの精神性、心、技のすべてが、次世代へと継承される。伊勢の森の中には世界で一番古くて、新しいものが存在しているのだ。この100年間で文明の発展は加速し、情報は溢(あふ)れ、あらゆるカオスが生み出されていく。そのスピードに人類はついていけるのだろうか。神宮では2千年以上、変わることなく祈りの日常を紡いできた。私は神宮で、人は自然によって生かされていること、森羅万象すべてが循環していることを悟った。そして何より、ゆったりと流れる時間、その大いなる存在に心が癒やされたのだ。

 昨年5月、伊勢志摩サミットが行われた。その時、G7の各国首脳が神宮を訪れた。内宮の宇治橋は神代と人の世界、過去と現在と未来、そして世界と日本をつなげる橋になった。13年間神宮に通ってきたが、サミット以降、たくさんの外国人の参拝者を見かけるようになった。また、若い人たちが多くなってきたことを実感する。未来への大切な何かを直感的に求めてのことだろう。

 神宮には、いま世界中で求められている真の持続可能な世界がある。(寄稿/稲田美織)

AERA 2017年1月16日号