我慢強い東北の人が雄弁に語ることは少ない。以前から自殺の問題に取り組んでいた金田には、傾聴のノウハウは身についていた。今も月に2回ほど、仲間の僧侶たちと被災地の仮設住宅や復興住宅を中心に開く。

 この傾聴活動と連携し12年4月、東北大学で「臨床宗教師」を育成する講座がスタートした。日本では心のケアは主に医師や心理療法士らが担い、宗教者が関わることは少ない。しかし、キリスト教では「チャプレン」と呼ばれる聖職者がホスピスなどで働く。これをお手本に、特定の宗教・宗派に偏らない臨床宗教師と名づけたプロの養成を目指す。これまでに150人近くが修了し、金田も委員の一人として運営に携わった。東北大学の動きは全国に広がり、今では龍谷大学や高野山大学、上智大学などでも講座が開かれ、16年2月には、日本臨床宗教師会が発足した。

 東北大学で臨床宗教師の講座を受講している、群馬県館林市の曹洞宗普済寺(ふさいじ)の副住職、堀口哲哉(41)は言う。

「人それぞれ悩みを抱えていて、寄り添う中で、宗教を必要としている人がいるのであれば、そこに宗教者として寄り添っていきたい」

●脱原発と向き合う教団

 多くの宗教は、人間は「生きている」のではなく「生かされている」と説き、自然と命を未来へ引き継ごうと諭す。そうであるなら、欲望のまま私たち世代だけがエネルギーや食べ物を浪費し、「後始末」を次の世代に回していいわけがない。原発を含めた「核」に向き合ったのはキリスト教だ。

 日本カトリック司教団は11年11月、「脱原発」を宣言。そして16年11月には、「原子力発電の撤廃を」というメッセージを出した。一国の司教団が、世界に向けてメッセージを発するのは極めて異例のことだ。その理由を、こう記す。

「日本には、世界各地の核被害者と連帯し、唯一の戦争被爆国として率先して核兵器廃絶を世界に訴え、あらゆる核問題の解決を世界に呼びかける特別な責任がある」

「脱原発」の動きは、新宗教にも見られた。

 生長の家(本部・山梨県北杜市)の谷口雅宣総裁は12年2月、自著『次世代への決断──宗教者が“脱原発”を決めた理由』の中で「脱原発」を唱え、原発に頼る生活を見直さなければいけないと説いた。信者はどう受け止めたのか。

「読んだ時、正直、すごい過激な内容だなと思いました」

 信者で会社員の向島(むこうじま)誠一(31)は振り返る。原発事故前から原発の危険性は知っていた。だから「脱原発」の考えは素晴らしいと思うが、日本は原子力発電に頼り、そのため今のような便利な暮らしができている。「脱原発」は現実と合っていないのではないかとも感じた。

●奪わない生活の実践

「それから他の動植物や鉱物に至るまで、仲間意識を持たずにいたから、簡単に環境も破壊できたのだとわかったのです」

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