『cocoon(コクーン)』(秋田書店)今日マチ子著Amazonで購入する
『cocoon(コクーン)』(秋田書店)
今日マチ子著
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 沖縄のひめゆり学徒隊に想を得た漫画『cocoon(コクーン)』(2010年、秋田書店)の作者、今日マチ子さんは二つの重圧に苦しんだという。

 戦争体験者ではないし、沖縄出身でもない自分が描いていいのだろうか──。悩んだ末にたどり着いた答えは、世の中の大多数である“関係も関心もない人”が戦争に思いをはせる仕組みをつくるために、当事者じゃない自分だからできることがある、ということだった。

「物語を紡ぐ漫画家として、自分にとって遠い話を、自分のことと思えるように届けるべきだと思いました」(今日さん)

●新しい戦争漫画を

 執筆を依頼したのは、編集者の金城小百合さん(32)。沖縄出身で、父の転勤のため全国各地で育った。家ではよく両親が沖縄戦や基地問題の話をしてくれた。だが、学校では「戦争っていけないよね」と発言するだけで「どん引かれた」。ましてや、リゾート地以外の沖縄を語ろうとすることなどできなかった。一方、ニュースでは米軍基地の問題や慰霊の日などで被害者意識にとらわれた沖縄が映し出され、「沖縄が正しく理解されていない」と感じた。いつかひめゆり学徒隊の漫画を世に出したいと思っていた。

 08年、今日さんの単行本を手にした金城さんは、「少女を描いてきた今日さんにひめゆりを描いてもらいたい。私たちの世代も読める、新しい戦争漫画になる」と思った。

「戦争は避けて通りたいテーマだった」という今日さんの腹が決まったのは、金城さんと2人で行った沖縄の戦跡巡り。多くの人が亡くなった洞窟「ガマ」に入ったとき、ここで働いていた学徒隊が自分の同級生のように思えて、描けそうな気がした。

●「戦後ではなく戦前だ」

 戦争を大きくとらえるのではなく、思春期に戦争を体験した個人の物語として丁寧に描いた。届いた原稿を読むたびに、金城さんは「これは世を変える」と思ったという。09年にコミック誌「エレガンスイブ」で連載し、翌年単行本になると、ひめゆり学徒隊と同世代の高校生や大学生からたくさんの感想が届いた。沖縄戦があったことも知らなかったという声も多かった。これまで戦争の怖さや平和の大切さを声高に叫んでも届かなかった少女たちに届いたのだった。

「共感というよりも、『あ、これは私だ』と思ってもらえたことがうれしかった」(今日さん)

『cocoon』を描いた後も、今日さんはアンネの日記がモチーフの『アノネ、』(12、13年、秋田書店)や少女が武器を取った『いちご戦争』(14年、河出書房新社)、長崎の原爆に想を得た『ぱらいそ』(15年、秋田書店)を発表。その間、戦争漫画の読まれ方の変化を感じるという。

「『cocoon』を出版した頃は、戦争は過去のものと認識されていたけど、いまは未来に起こるかもしれないと言われることが多い。『戦後ではなく戦前だ』という声もあります」

 いつか沖縄の基地問題も描いてみたいという。

■ひめゆり学徒隊
沖縄戦当時の1945年3月、看護要員として沖縄陸軍病院に動員された、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校に通う15~19歳の女子生徒222人、引率教師18人のこと。病院はガマと呼ばれる自然壕の中につくられた。激しい地上戦の中、6月18日に突然解散命令が出され、数日間に全死亡者(136人)のうち約8割の100人以上が亡くなった。

(編集部・深澤友紀)

AERA  2016年6月27日号