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心を折る音を聞いた作家・井田真木子を知っていますか?

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AERA#読書

 2001年に44歳で急逝した稀代のノンフィクション作家・井田真木子。著作の品切れが続いていたが、若手編集者により続々と復刊され、新たな読者を獲得している。

 プロレス少女を、中国残留孤児二世を、同性愛者を、援助交際する少女たちを追いかけた稀代のノンフィクション作家・井田真木子。2001年に44歳で急逝した後、大半の著作の品切れが続いていたが、14年以降続けて3冊が発売され、新たな読者を獲得している。

「一人で出版社をやると決めた時、井田真木子という名前は常に念頭にありました。井田さんほど深く取材対象とかかわり、書くことが生きることそのものだった人はいないと思います。なんとか自分の手で復刊してみたい。そう考えました」

『井田真木子 著作撰集』を刊行した里山社の清田麻衣子さん(38)はそう語る。

●若手により続々復刊

『プロレス少女伝説』『同性愛者たち』『かくしてバンドは鳴りやまず』の長編3冊を中心に短編、エッセイ、詩を2段組み全1冊にまとめたこの本は、井田ファンから熱烈に歓迎され、次第に若い読者にも広がっていく。14年7月19日、井田の誕生日を奥付に持つ『著作撰集』の好調により、翌15年3月14日(命日)には、『著作撰集 第2集』も出た。
 そこにもう一人、イースト・プレスの藁谷浩一さん(46)が参戦する。

「10代の頃、プロレス誌『Deluxeプロレス』を読んでいました。その中に井田さんがちょうど記名原稿を書き始めた若い頃の仕事が大量にあって、なぜか何十年も捨てられなかったんです。『プロレス少女伝説』にいたる前段階として、あの雑誌に書いた膨大なインタビューや試合レポートなど、圧倒的な筆力を世間に知らしめたいと思いました」

 題して『井田真木子と女子プロレスの時代』。800ページもある大著だ。長与千種であれ神取忍であれ、彼女たちを相手にしてのインタビューの回数、長さ、詳細さ、関係性の作り方、すべてに常軌を逸した労力と時間が使われ、他の誰が取材しても出てこないであろう真実が浮かび上がってくる。

 同世代の書き手で、座談会で同席した経験もあるジャーナリストの武田徹さん(57)は言う。

「この度の復刊で久々に読み直してみると、状況や時代が変わっても、井田さんと取材対象との関係は普遍的な価値を持っていることがわかります。事実は古くなるけど、その古くなった事実を彼女がどう相手にしていたか、ということは古くならない。証言なども自分の中でもう一度発酵させて書いています。彼女はこういう評価を嫌がるかもしれないけど、文学的な価値のある仕事だと思います」

●格闘家の語彙引き出す

 象徴的な言葉がある。今日、当たり前に流通している「心が折れる」というフレーズは、井田が神取忍にジャッキー佐藤との試合について訊ねた時に飛び出したのが最初とされている。

「あの試合のとき、考えていたことは勝つことじゃないもん。相手の心を折ることだったもん。骨でも、肉でもない、心を折ることを考えてた」(『井田真木子と女子プロレスの時代』から)

 今では折られてしまう側の苦しみについて使用されているが、井田と神取コンビの対話から生まれた時は、折る側の切実さとしてあった言葉だった。まぎれもなく格闘家の語彙だ。そうして生まれた痛烈な言葉は、時代を超えて読者の心のどこかをへし折っていくはずである。

(ライター・北條一浩)

いだ・まきこ/1956年神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。早川書房勤務を経てフリーに。著書に『プロレス少女伝説』(大宅壮一ノンフィクション賞)ほか。2001年、44歳で急逝

AERA 2016年6月13日号


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