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「復興が他より1年早い」女川町 秘訣は“ATM”?

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AERA#東日本大震災
人口減に歯止めをかけるべく、2010年から街づくり活動を行っていた。当時の資料は津波で流されたが、記憶を頼りに計画を練った(撮影/編集部・齋藤麻紀子)

人口減に歯止めをかけるべく、2010年から街づくり活動を行っていた。当時の資料は津波で流されたが、記憶を頼りに計画を練った(撮影/編集部・齋藤麻紀子)

「よく“ATM”されちゃうんです」

 あとは任せた、の略。それぞれの役割に合わせて仕事を任せることを、女川ではこう言う。

「組織を超えた信頼関係があるからできる」と、城井さん。

 行政と民間など、セクターを超えたATMもよく見られる。

 行政がつくるべき町の復興計画も、女川の場合、その原案は民間の団体が作った。震災後、行政はインフラ整備などに翻弄されたが、仕事を失った事業者には時間があったから、民間が自主的に作成したのだという。震災から2カ月半後には、80ページにも及ぶ計画書を作り、行政にATMした。

 なぜ、こんなに風通しがいいのか。そもそも町がコンパクトだ。人口は7千人弱。平成の大合併もしておらず、地域間の壁もない。

 何より大きかったのは、リーダーの一声だ。震災後、商工会の会長が事業者を集めて言った。

「今後、還暦以上は街づくりに口を出すな」


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