「日本がおかしくなる」と涙した米国人 憲法「女性の権利」のため奔走 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「日本がおかしくなる」と涙した米国人 憲法「女性の権利」のため奔走

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第一生命保険本社ビルの本館6階にあるマッカーサーの旧執務室。ここで憲法の構想を練ったのか。現在は記念室となっているが、原則、一般公開はしていない。革張りのイスはすり切れ、脚がぐらぐらになっていた(撮影/写真部・大嶋千尋)

第一生命保険本社ビルの本館6階にあるマッカーサーの旧執務室。ここで憲法の構想を練ったのか。現在は記念室となっているが、原則、一般公開はしていない。革張りのイスはすり切れ、脚がぐらぐらになっていた(撮影/写真部・大嶋千尋)

 日本国憲法は、米国人の手によって作り出された。まさに事実だが、それを「押しつけ」と見るべきか。日本の憲法論を二分してきたテーマに迫りたい……憲法誕生にかかわった人とじかに接した人たちを訪ねた。

 1946年2月4日朝。皇居のお堀の向かいにそびえ立つ東京・日比谷の第一生命保険本社ビル。その大会議室に二十数人のGHQ民政局の職員が顔をそろえた。呼ばれた理由は、ほとんど誰も知らなかった。民政局長のホイットニーが口を開いた。

「我々はこれから憲法を作る。週末の約束はただちに取り消し、全力を挙げて、1週間で仕上げてほしい」

 まだ月曜日なのに。あっけにとられる各自に配られたのは、新憲法の基本姿勢を示したマッカーサーノートと呼ばれる文書だ。天皇の元首的地位の容認、戦争放棄、戦力の非保有、交戦権の否定、華族の廃止などをうたったその内容は、マッカーサーが腹心のホイットニーと共に練り上げたとされる。

 マッカーサーが急いだ理由は、その3日前に毎日新聞が日本政府の憲法案をスクープしたからだ。その内容は、天皇について「神聖ニシテ侵スヘカラス」が「至尊ニシテ侵スヘカラス」など、大日本帝国憲法の焼き直しとしか思えなかった。13日に日本側と協議することになり、それまでにGHQ版の草案を作ってカウンターパンチを繰り出そうとしたのだ。軍略家のマッカーサーらしい発想だった。

 日本国の最高法規である憲法が、GHQ、つまり米国人の手で作り出されたことは事実だ。しかも、わずか9日間で。

 その突貫工事ともいえる制定過程を、丹念に追いかけたテレビ番組「日本国憲法を生んだ密室の9日間」を撮ったのがドキュメンタリー作家の鈴木昭典(86)だ。鈴木は言う。


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