湧出量日本一、源泉数世界一を誇る別府温泉。末広温泉の女湯に描かれた由布岳は男山、男湯の鶴見岳は女山。これを描いた大平由香理は、「女性は男性に、男性は女性に見守られながら互いに関係し合い、共に生きられたらと願いを込めて男女を逆にしました」と話す(撮影/久保貴史、協力/(c)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)
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湧出量日本一、源泉数世界一を誇る別府温泉。末広温泉の女湯に描かれた由布岳は男山、男湯の鶴見岳は女山。これを描いた大平由香理は、「女性は男性に、男性は女性に見守られながら互いに関係し合い、共に生きられたらと願いを込めて男女を逆にしました」と話す(撮影/久保貴史、協力/(c)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)
男湯の鶴見岳(撮影/久保貴史、協力/(c)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)
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男湯の鶴見岳(撮影/久保貴史、協力/(c)別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」実行委員会)

 街に点在する作品を見て回り、疲れたらカフェの代わりに湯船で一息。考えるだけで癒やされそう。大分県で行われているアート×温泉のイベントに注目した。

 100円玉を木箱に入れ「女湯」と書かれた引き戸を開けるとそこは、10人も入ればいっぱいになりそうな共同浴場。内壁に、画家・大平由香理の手になるピンクの由布岳が鮮やかだ。

「華やかになっていいわねぇ」

 常連らしい50、60代とおぼしき女性3人が、湯船の中から愛でる。よそ者の私も服を脱いで、そろりと交ざってみた。

「これ由布岳みたいですね」「そうそう、男湯には鶴見岳が青く描かれてるらしいよ」「そっちも見たいねぇ(笑)」

 話すうち、ピンクの山峰にかすみのような湯気がかかり、さらに幻想的な世界へと誘われる。ここは大分・別府。別府現代芸術フェスティバル2015「混浴温泉世界」を開催中だ。

 近年、土地特有の魅力をアートを介して再発見しようという芸術祭が増えている。大小を問わず合計すると、その数は2千とも言われる。一方、日本には3千カ所以上もの温泉地があり、芸術祭が温泉地に当たるのも不思議ではない。

 点在する作品を見て回る間に、カフェで一服するように温泉でひと風呂浴びれば、疲れた体を癒やしながら作品に思いをはせることができる。芸術祭が開かれるのは主に夏から秋の軽装の時期。服の着脱は楽だし寒くもない。身も心もほぐれて感受性が豊かになるからか、鑑賞体験の印象はより強く残るという。

「混浴温泉世界」ディレクターの芹沢高志はこう話す。

「もともと共同湯は住民の外湯になっていて、家の廊下のように半裸で路地を歩く人もいます。お客さんもアーティストも社会的衣服を脱いで裸の付き合いをせざるを得ない。自然と違いを認め合うことになるんです」

 別府でホテルニューツルタを経営する鶴田浩一郎は、「アートを目的にいらっしゃる20~30代の女性が増えた。呼び込むのが難しかった客層です」と言い、会期中に別府を訪れていた30代の女性はこう話す。

「家族で来たことはあったけど、路地裏にいい温泉があるなんて知らなかった。地元の人に昔の話を聞くこともなかった」

AERA  2015年9月21日号より抜粋