●薬減らし歩けるように

 患者が薬を暗に求める実態がある一方、医師の側にも問題があるようだ。都内のある医師は声をひそめて言う。

「血圧と違い、心は数値化できません。過剰な処方は精神系の疾患に多いんです」

 ある日、「新横浜フォレストクリニック」(横浜市港北区)に、認知症の男性Aさん(79)が家族と訪れた。直前まで総合病院に通っていたが、ふらつきがひどくなって歩けなくなり、車いす生活になったという。

 Aさんは6種類の薬を併用していた。薬の多剤処方が原因と考えたクリニックは、まず3種類を減らした。すると、3日後に歩き始め、2週間後にはふつうに歩けるようになった。中坂義邦院長は、こう指摘する。

「薬を増やして悪化する『パニック処方』の結果です。薬には依存性もあるから、減らすのが難しい。病気を治すための薬が、多剤、大量の処方によって逆に患者を苦しめています」

 精神系の薬の処方のあり方は、働き盛りの世代も無縁ではない。2000年前後から製薬会社などが「うつは心の風邪」という啓発キャンペーンを繰り広げた結果、「心療内科などを受診するハードルが下がった」(日本医科大学特任教授の海原純子医師)のだ。ここ2、3年は、とくに外来受診する会社員が多いという。

 それにしても、どうして患者を苦しめるほどの多剤処方が起きるのか。「吉井クリニック」(大阪府吹田市)の吉井友季子院長は、こう説明する。

「多剤処方された患者さんの薬の内容をみると、診察のたびに違う症状を訴えた結果、種類が増えたようです」

「こころと身体の痛み」の治療を専門とする「カワバタクリニック」(同)の川端一永院長の見方も同じだ。

「(原因不明の体調不良を訴える)不定愁訴が増えています。明確な症状ではないグレーな症状だけに、医師によって診断がばらつくのです」

 そもそも医師たちは医学部で「教科書にない『さじ加減』こそ重要」と教えられ、かなりの裁量が認められてきたことが背景にある──という医療関係者もいる。

●最新科学に基づく医療

 多剤処方すると、薬の「飲み合わせ」の問題が生じる。薬の開発においても、それは考慮される点だが、製薬関係者によると、臨床試験(治験)で3種類以上の飲み合わせを調べた薬は、ほとんどないのが実情という。

 処方量も大人向けと子ども向けは分かれているが、50代と80代でどのように量を変えればいいのか、明確な基準がない。体内で薬を代謝・排泄する能力は、高齢になるほど落ちる。同じ年齢でも老化の状態は人によって異なる。過剰な処方は患者にとって害になるが、錠剤だと量の細やかな調整は難しい。

 多剤処方や過剰処方は、「お薬手帳」で防ぐことができそうだが、これも効果は薄いようだ。院内処方を続ける「五本木クリニック」(東京都目黒区)の桑満おさむ院長は言う。

「意義が理解されていません。薬歴管理もせずにシールを発行し、保険点数稼ぎをする薬局もあります。健康保険証カードに薬歴情報を出入力できる仕組みにすれば効果的なのですが……」

 最寄りの「かかりつけ医」であれば、薬歴を管理してくれそうだが、最近はその存在感が薄れている。「名医紹介本」やインターネットによる治療実績情報の検索の結果、総合病院や「名医」に患者が集中するようになったからだ。

 一方、海外に目を向けると、こうした診断や処方のばらつきを正す動きが進んでいる。信頼できる科学的根拠(エビデンス)に基づく医療「EBM(Evidencebased Medicine)」だ。

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