ハーバード大学公衆衛生大学院で医療マネジメント・医療政策を学び、現在も米国の病院で医療の安全と患者の参加について研究する一原直昭医師によると、米国では医療のばらつきに伴う有害事象に早くから関心が高まっていたという。そこで、病気の発生や治療効果を数量的に調べる方法(臨床疫学)や、検査や治療の判断を確率論で考える学問(決断分析)が発展。それらを背景に91年ごろ、EBMが体系化されたという。

 90年前後には、ジョンズ・ホプキンス大学などの研究グループが医療の有害事象について調査。99年に医療の安全性に関する報告書が発表された。そのタイトルは「人は誰でも間違える」だ。こうした研究をベースに、どのようなプロセス、ルールで行われた臨床試験ならば信頼性があるのか判断する方法が、米国では確立していった。

●医師のさじ加減狭める

 日本でも、処方のばらつきに伴う有害事象の調査は行われている。京都大学などの研究グループが04年、都市部の三つの中核病院の患者3459人を調べたところ、薬剤投与による有害事象が726人に1010件も認められた。このうち14人は死亡し、命にかかわる被害が46人、消化管出血や発熱、血圧低下など重度の被害は272人に上った。うち141件は医師や薬剤師のミスだったという。

 こうした実態調査や米国で医療を学んだ研究者らを通じて、EBMは国内にも広がってきた。一原医師はEBMの意義について、こう解説する。

「患者の年齢や性別、既往症も含め、これらの最新の試験結果や論文を活用し、医師による“さじ加減”の範囲を狭めようとするものです」

 実は、性別や既往症などを入力したり、照らし合わせたりして標準的な治療や処方を導き出す「診断アルゴリズム」というものがある。各疾患の学会などが提唱している治療のガイドラインだ。ネットで簡単に調べられ、これを使ってEBMを実践する医師も増えているという。

 EBMが医療現場に浸透し始めたのを機に、製薬会社の営業手法も変わってきている。ある医師は言う。

「以前は有名な医師の採用事例などを宣伝に利用するイメージ戦略でした。いまは最も信頼できる『エビデンス』をマーケティングに活用しています」

 この動きと足並みをそろえるように、製薬会社による接待攻勢も、なりを潜めるようになったようだ。

 もっとも、EBMには異論もある。それは次のようなものだ。

「EBMは統計学的な確率論。行き過ぎれば、医師はみな『金太郎アメ』になる」(開業医)

「単に言葉が出てきただけ。昔からEBMは実践している」(別の開業医)

「金融自由化と一緒。米国が仕込んだ医療ビジネスの方便」(製薬社員)

 こうした見方に対し、一原医師は、こう話す。

「科学に完全はありません。EBMを活用しつつ、最後は“さじ加減”ではないでしょうか」

「キャップスクリニック代官山T・SITE」(東京都渋谷区)の白岡亮平院長が今後のカギとみるのは、医師と患者それぞれへの「教育」だ。

「患者には小さな頃から医療を学ぶ時間を設け、医師も医学に限らず、診療報酬制度や運営財源も学ぶ。両面からやることで、より良い医療の標準的な姿が見えてくるはずです」

AERA 2015年3月23日号