「働き場所があることは幸せなこと」。アクリフーズ群馬工場の工場長は、従業員たちに、そんな話を繰り返すという。だが従業員の一人は「ここで働くことで、幸せを感じることができるかどうか疑問です。とりあえずは生きていけますが」 (c)朝日新聞社 @@写禁
「働き場所があることは幸せなこと」。アクリフーズ群馬工場の工場長は、従業員たちに、そんな話を繰り返すという。だが従業員の一人は「ここで働くことで、幸せを感じることができるかどうか疑問です。とりあえずは生きていけますが」 (c)朝日新聞社 @@写禁
容疑者逮捕を受けて開かれたマルハニチロHDの緊急会見。給与削減が犯行動機になったのでは、との指摘に、会社側は「個別相談会も開いた。不満はなかったと思っている」 (c)朝日新聞社 @@写禁
容疑者逮捕を受けて開かれたマルハニチロHDの緊急会見。給与削減が犯行動機になったのでは、との指摘に、会社側は「個別相談会も開いた。不満はなかったと思っている」 (c)朝日新聞社 @@写禁

 世間を大きく揺るがしたアクリフーズでの冷凍食品農薬混入事件。事件には、契約社員の大幅な給与体制の変更が影響していたようだ。

 事件が発覚する2年ほど前の2012年2月、マルハニチロホールディングス(本社・東京)の子会社であるアクリフーズ群馬工場の事務棟2階では、給与制度の変更に伴う説明会が開かれていた。

 ふだんは会議室として使われているという部屋には、パイプいすが並べられ、白い作業着を着た工場の契約社員約百人が、スーツを着たアクリフーズ本社の人事担当者2人と向き合うような形で座った。人事担当者は、参加した契約社員にA4判数枚の資料を配ると、新給与制度についてこう説明を始めた。

「4月から、これまでの年功序列型の給与制度を改め、業績評価に基づく制度が導入されます」

 これまでは時給に勤務時間をかけた基本給に加え、早朝からのシフトでは「早番手当」として2千円、午後から夜までの遅番では1千円が支給されていた。また、扶養家族1人ごとに3千円の手当もあった。新制度ではこうした手当や100万円を上限に支払われていた退職金が廃止され、勤続年数によって段階的に引き上げられていた賞与も業績によって上下するようになったという。

 不安そうな様子の契約社員を前に、人事担当者は、「努力して評価を高めていただければ、時給が上がるため、当面は年収に大きな変化はない」と言い、新制度では、「頑張った人が報われるんです」と繰り返した。

 だが、契約社員にとって、その実態は違うものだった。この集会に参加していた契約社員は言う。

「ウソばっかりですよ。私も時給は上がりましたが、年収ベースでは約20万円下がった。60万円下がった同僚もいます」

 アクリフーズ製造の冷凍食品に農薬「マラチオン」を混入したとして、1月25日に偽計業務妨害の疑いで逮捕された阿部利樹容疑者(49)は、05年10月から同工場の契約社員としてピザの製造ラインで働いていた。妻と子の3人暮らし。会社側の説明によれば、勤務態度に問題はなく、時給は契約社員のうち、真ん中だったという。

 だが、前出の契約社員は阿部容疑者がロッカールームで、「こんな会社もうやめる」「こんなクソ会社どうなってもいい」とたびたび不平不満を口にしていたのを耳にした。

 他の製造ラインにも頻繁に出入りし、商品を「試食」と称してつまみ食いをするなど、問題行動も多かった阿部容疑者だが、元同僚は同情を感じるという。

「会社の幹部が記者会見で、『従業員からの不満はなかった』と話すのを聞いた時は、怒りが込み上げてきた。表向きは会社が被害者なのだろうが、待遇を考えると、引き起こした遠因は会社側にもあるのでは、と思わざるを得ない。他の人が事件を起こしていたかもしれない」

※AERA 2014年2月10日号より抜粋