東京五輪メーンスタジアムのずさんな計画 裏に森元首相 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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東京五輪メーンスタジアムのずさんな計画 裏に森元首相

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解体までのカウントダウンが始まる現国立霞ヶ丘競技場。50年間、日本のスポーツ史を作ってきた「遺産」が生まれ変わろうとしている (c)朝日新聞社 

解体までのカウントダウンが始まる現国立霞ヶ丘競技場。50年間、日本のスポーツ史を作ってきた「遺産」が生まれ変わろうとしている (c)朝日新聞社 

 こうした紆余曲折を経る中で、作業スケジュールが大幅に遅れている。当初は昨年10月に基本設計に入り、今年7月から15年10月にかけて現競技場を解体。19年3月に完成する予定だった。ところが、今月15日現在、基本設計に着手できず、JSCは「基本設計に入る日取りは未定」としている。東京五輪までに、新国立競技場の建設が間に合うのか疑問符が付いている。

 これに加えて、今回の建て替え計画に対して、いくつかの疑問が浮上している。

 そのひとつは、建築物の高さ規制の変更手続きだ。もともと国立競技場のあるエリアは明治神宮外苑の一部で、風致地区として建築物の高さが15メートルに制限されている。ところが、12年7月20日にJSCが示した新国立競技場のデザイン募集要項では、施設の最大高さは70メートルに設定されていた。ザハ案選定後、JSC側から要請を受けた東京都都市整備局が昨年6月、一帯の高さ規制を75メートルに「緩和」した。

 東京都土地利用計画課の飯泉洋課長は、「規制『緩和』という言葉は正しくなく、風致地区の適用除外に該当すると判断したものです。今回は風致地区の一部を再開発等促進区としました。根拠となる法律は都市計画法と建築基準法で、これに基づきコンペ後、75メートルを『設定』しました」という。

 こうした手続きの流れについて、JSC新国立競技場設置本部の高崎義孝課長は、「まず基本設計があって、それを基に図面を作成し都市計画を変更するのが一般的でしょう。ただ今回は基本設計の前にコンペを行ったので、求めたのはグランドデザインだけでした。スケジュール的に厳しい中、企画提案と都市計画を両輪で進めなければなりませんでした」と説明する。

 一連の背景には、「国立競技場将来構想有識者会議」メンバー、森喜朗元首相の「19年ラグビーワールドカップは新国立競技場で」という鶴の一声がある。いわば、新国立競技場は19年完成が至上命題となり、それに間に合うようなタイトなスケジュールが要求された。通常なら基本設計に基づいた図面で予算を見通した上で募集要項を作成するという順序が、逆さまになってしまったのだ。

AERA 2014年1月27日号より抜粋


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