いま、肉の世界で論争が起きていることをご存じだろうか。
発端は、今年1月下旬に発売された1冊の本だ。その名も、『長生きしたけりゃ肉は食べるな』。食事で体を健康にする「食養」を唱える若杉友子氏(76)が書いた。日本人の腸は長く、肉などの動物性たんぱく質は腸内環境を悪化させ、毒素が多く発生する。それが血液を汚し、全身をめぐることによって、がんだけでなく、さまざまな病気を引き起こす…などというものだ。
この若杉説に真っ向から対立するのが、くしくも同じ月に発売された、人間総合科学大学教授で医学博士の柴田博氏(75)が上梓した『肉を食べる人は長生きする』である。柴田氏は30年以上にわたり高齢者の栄養と寿命を調査。その結果、「肉をしっかり食べなければ早死にする」との結論に至った。
では、どちらに分があるのか。若杉説を一刀両断するのは、『患者よ、がんと闘うな』なの著作で医療界に問題提起を続ける慶応大学医学部放射線科講師の近藤誠氏(64)だ。
「何より、肉をはじめとした動物性たんぱく質を摂るなというのは、大いなる間違い。動物性たんぱく質を断って菜食にすると、一気にやせて体の抵抗力が落ち、短命になります」
京都光華女子大学教授で医学博士・管理栄養士の廣田孝子氏(62)も、近藤氏と似た考えだ。栄養学的な観点からこう述べる。
「肉には良質なたんぱく質が豊富に含まれます。良質とは、私たちが身体で作ることができない必須アミノ酸をバランスよく含んでいることです」
人間の体に最も大切な栄養素であるたんぱく質は、約20種類のアミノ酸からできている。そのうち9種類は体内では作ることができず、食べ物から摂る必要がある。この9種類が「必須アミノ酸」と呼ばれるものだ。
「必須アミノ酸がすべてそろった食品を100点とし、アミノ酸のバランスを見るのを『アミノ酸スコア』と言いますが、肉をはじめ牛乳、卵、魚などの動物性食品は100点満点。WHO(世界保健機関)もそう定義しています。そもそも、穀類や野菜などからだけでは、たんぱく質は摂れません」
ただ、若杉氏の主張で気になるのは、「肉は食べるな」の論拠の一つに、肉に含まれる化学物質を挙げている点だ。
〈いま、国内で飼育されている豚や牛、鶏などの家畜のほとんどは、成長ホルモン剤や抗生物質といった添加物が入った合成飼料で育てられています〉
実際、東京都のデータでは、食用の牛や豚の実に7割近くが、病気のため一頭まるごともしくは一部の部位が廃棄されている。過去には、肉の中に薬物の注射剤が残っていた例も公表されている。肉の安全性について近藤氏は言う。
「抗生物質の使われ方は厳しく規制されていて、仮に、逸脱した使われ方をして流通している畜産物に抗生物質が残っている場合でも、公的機関が検査をしているので基準値以下でしょう。微量の抗生物質によって、食した本人に耐性菌が生じる可能性はほぼありません。しかも、残留抗生物質は加熱調理で変性する可能性が高い」
※AERA 2013年4月29日号