8月号教育ジャーナリスト 朝比奈なをAsahina Naoさまざまな困難が集中する「教育困難校」 (1/2) |AERA dot. (アエラドット)

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教育ジャーナリスト 朝比奈なをAsahina Nao
さまざまな困難が集中する「教育困難校」

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 昨年秋、あるテレビドラマが放送された。1980年代に連載が始まった漫画が原作で、主人公は学力の高くない高校、いわゆる「底辺校」に通う男子高校生2人である。彼らを始め登場する高校生たちは男女ともに、当時、全盛期だった「ツッパリ」や「ヤンキー」と称されていた高校生特有の髪形や制服の着方をしている。そして友情や恋愛のために、あるいはライバル校生徒との抗争に不器用かつエネルギッシュに行動する。

 その時代を知る世代には郷愁を誘い、若い世代には物珍しさがあったのか、同ドラマはかなりの人気を博した。

 しかし、このドラマを見て、「底辺校」に通う生徒は、現在でも同様と思うようであれば大きな間違いである。
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 公立高校教員だった筆者が、「進学校」から「底辺校」に異動になったのは2000年代半ばだった。それまでの経験が全く通用しない、怒声が飛び交う荒々しい学校の雰囲気に異動当初は立ちすくみ戸惑うばかりだった。

 しかし、少し経って一人一人の生徒の顔が見えるようになると、彼らは様々な問題を背負い、「底辺校」に来ざるを得なかったことがわかり始めた。もちろん、80年代の「ツッパリ」に近い外見の生徒もいたが、そのような生徒はごく少数だった。さらに、ほぼ全員が、衣食住その他の物的な意味でも生きるために懸命に頑張っている家庭の子どもであることにも気づいた。

 ちょうどこの頃、「自己責任」論が社会に浸透し始めていた。この言葉が流行語大賞に入ったのが2004年である。しかし、高校生は未成年でもあり、彼ら自身の自己責任ではなく、家庭環境や社会状況が原因で低学力に追い込まれた者が大部分であると筆者には感じられた。

 その頃から筆者は、様々な困難を抱えている生徒が集まっている高校の実態を、文章で発信し始めた。この過程で生み出したのが「教育困難校」という言葉である。長年にわたり侮蔑的なイメージが付きまとっている「底辺校」の語を使わず、その上で、教育を行う機関でありながらその活動が困難になっている学校という状況を強調したい思いが、この言葉には込められている。
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 筆者の微力もあって「教育困難校」という語の知名度はいまだ低いままであり、学力の低い高校に向けられる社会の視線もほとんど変わっていない。その一方で、この間に、筆者の元には「教育困難校」の卒業生、保護者、教員など多くの方から共感と激励の声が寄せられた。


(更新 2019/8/ 1 )


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