ところが、太平洋戦争後の高度経済成長を経て、日本の衣食住は大幅な西洋化を遂げた。その上、情報化社会の到来により、地域の個性は似通った価値観によって均質化されつつある。経済的に安定した人びとの多くは、典型的で没個性的な現代的生活を希求し、利便性の高い都市部へと人口が流出している。農山漁村など小規模な地域社会は活力を失って弱体化し、地域文化の担い手が減少するなか、地域の記憶は少しずつ失われようとしている。日本の豊かな地域文化は、海外に向けてその発信をしようとしているまさにいま、消滅の危機にさらされているのだ。

 いまこそ、多様な地域の歴史を深層から見直し、この国の文化の多元性と多様性をみつめ直す作業が必要である。それは、教科書的な歴史観に加え地域の魅力を評価すること、「日本文化」なるものを深層からみつめ直し、地域への誇りを蘇らせ、真の日本の文化的魅力を発信することに、やがて繋がっていくと考えるからである。

 本書は、考古学・歴史学の成果に基づいて、地域間の文化的、社会的、政治的境界の成立過程に着目し、各地域文化がいかに古い歴史をもつか、旧石器時代までさかのぼって解き明かすことを試みた。いま最前線の研究は、日本列島に私たちの直接的祖先(ホモ・サピエンス)が約四万年前にはじめて到来して以降、各地の気候や風土に細やかに適応することで生活文化の地域性が成立したことを明らかにしている。やがて広域を統治する政治権力が成立してからは、地域性の境は政治的な意味を帯びた境界となり、その多くが現代まで受け継がれていく。

 この歴史を知ることは、日本列島の文化がいかに多様であり、またそのような多様な文化が成立したのはなぜかについて理解を深めてくれる。自分たちには関係ないと思えるような太古の人びとの生活や地域性が、時代が下ってもなお、さまざまな意味を帯びながら受け継がれていることは、素直な驚きをもって受けとめられるだろう。日本列島の生活文化・社会・政治の成り立ちが、先史時代以来の歴史から切り離しては理解することができないことを知ったとき、現代の諸問題に向き合う姿勢はどのように変わるだろうか。