11月号早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問 野口悠紀雄 Yukio Noguchi未来を知ることに価値はあるか |AERA dot. (アエラドット)

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11月号
早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問 野口悠紀雄 Yukio Noguchi
未来を知ることに価値はあるか

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 本書の中で、「知識の価値」という問題について考えた。

 知識の中で最大の価値を持つのは、将来の世界がどうなるかについての知識であるように思われる。しかし、本当にそうだろうか? この問題について、本書では十分に論じなかったので、以下に述べることとしたい。

 SFに「タイムマシンもの」と言われる分野がある。そこではタイムマシンが発明されており、それを使って未来や過去の世界に行き、現在の世界に戻ることができる。

 こんな機械があれば、大金持ちになれるように思える。アップルの時価総額が現在世界最大であることを知って昔の世界に行き、そこで弱小企業である当時のアップルの株を買って、現在に戻れば良い。あるいは未来の世界に行って、現在では株価が低いがその時代には高くなっている銘柄を見つけ出し、現在に戻ってその株を買えばよい。研究者であれば、未来の世界に行って新しい知識体系を学び、現在の世界に戻る。そうすれば、ノーベル賞確実のように思える。

 このように、未来に関する知識はすべての知識を凌駕する知識であるように思える。そして、タイムマシンを使えば、その知識を手に入れられる。それほどの価値があるなら、一生かけてその開発に取り組んでも良いのではなかろうか? もちろん簡単にはできないだろうが、成功した場合の利益の大きさを考えれば、挑戦の価値が十分あるのではないだろうか?

 しかしSFでは、「タイムマシンを利用できて、めでたしめでたし」ということにはならない。未来の世界に関する知識を用いていま(あるいは昔)やったことが、将来(あるいはいま)の出来事に影響を与えてしまうからだ。だから、仮にタイムマシンが発明されたとしても、先に述べたような利益を得ることはできないだろう。

 なぜこんな問題を提起したかといえば、最近、予測市場というものが成長しつつあるからだ。

 予測市場は昔からあったが、最近のものは、仮想通貨の基礎技術である「ブロックチェーン技術」を用いて、より正確で公平な予測ができるようになっている。

 将来の事象についての賭け事をインターネットに載せ、それに対して誰もが仮想通貨を用いて参加できる。それによって将来の出来事が発生する確率を推測するのである。

 タイムマシンの場合のように他の人が知らない情報を得るのではなく、多くの人々の予測がどんなものかを明らかにするのだ。多くの人々の判断が正しいとすれば、それを将来の予測と考えることができるだろう。

 では、この予測を用いて株を買えば、金持ちになれるだろうか? 答えは「No」だ。

 なぜなら、現在の株価は、その予測を前提として成り立っているからである。その予測はすでに使われてしまっているのだ。これは、ファイナンス理論で「効率的市場仮説」と呼ばれる考えである。公にされた予測を用いても、人を出し抜くことはできないのだ。

 ところが、ほとんどの投資家はこれを理解していない。そして、「専門家の将来予測」を求める。例えば、新聞やウェブサイトには、将来の株価や為替レートがどうなるかについてのエコノミストの予測が、山ほど掲載されている。しかし、マーケットではそのような予測を前提として価格が形成されている。だから、いまさらその予測を用いて市場で取引したところで、株やFX取引で金儲けすることはできないのである。したがって、株価や為替レートに関する記事の大部分は、無意味な記事なのである。それにもかかわらず、こうした記事は後を絶たない。なんと無駄な努力と費用が費やされているかと、慨嘆に堪えない。

 では、未来予測に意味がないのかといえば、そんなことはない。例えば今年の冬は気温が低くなりそうだと予測されるなら、農作業者はそれに備えて準備することができる。その結果作物の被害が軽減されたところで、タイムマシンの場合のように未来が変わってしまうわけではない。

 予測市場を利用して政治プロセスを合理化しようという、きわめて斬新な提案もある。例えば、脱原発は是か否かをイシューとして投票するのでなく、原発の存否を評価する指標(例えば、10年後のGDP)を、投票で選ぶ。つぎに、脱原発と原発依存の場合の10年後のGDPを予測市場で予測する。そして、GDPが高くなるほうの政策を選択するのだ。

 一見して究極の知識であるように思える未来に関する知識は、他の人を出し抜いて市場で利益を上げるという目的には役に立たない。しかし、未来をよりよく見渡せることは、われわれの現在の行動をより確かなものにするのだ。


(更新 2016/11/ 1 )


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