ただ、本作で描かれるのは、ものづくりの喜びや素晴らしさだけではない。瑠衣にTシャツの商品化を打診されてからの原価計算や、縫製工場への発注、サイトの作成といった過程も作中に盛り込まれ、思いもよらないトラブルに見舞われる場面も。それはクリエイターがフリーランスでビジネスを展開していく際に直面することだ。個人が好きなことを仕事にする時に起きる困難、挫折、それを乗り越えた時の達成感まで描いている点において、ただものづくりを礼賛するだけでなく、それをいかにビジネスとして存続させていくかに著者が配慮していることがうかがえる。

 もうひとつ重要なのは、彼女の結婚問題である。婚約後の和範は美咲を所有物扱いし、また彼の母親や姉たちは、にこやかに彼女に接するものの、内心何を思っているか分からないところがある。この女性たちの様子は、よく言われる「京都人は余所者(よそもの)をなかなか受け入れない」という気質が感じられるが、別に誇張して書いているわけではない(ちなみに著者も京都出身であり、イメージだけで書いたわけではないだろう)。美咲のなかで積もる鬱屈が、Tシャツづくりに集中する原動力にもなるわけだ。仕事も辞め、違和感を抱きながら相手の家に合わせ、いちいち言動に口を出され……となった時、逃げだしたくなる気持ちは分かる。結婚する者同士、互いに何か妥協したり譲り合ったりしながら歩み寄るのでなく、一方的に相手の価値観を押し付けられたら誰だって嫌だ。Tシャツづくりを見下すような言動をはじめ、和範の行動はモラハラの節もある。精神的に追い詰められ、美咲は自分の今後の生き方を考え直さなければならなくなる。ここで描かれるのは、人生において何を優先し、何を取捨選択するのかということ。結婚するのが当たり前、という考え方はもう古い。誰だって自分で自分の人生を好きなように選んでいい、ということも本作は伝えようとしている。

 美咲は決して鈍感な女性ではないが、どちらかというと受け身だ。恋愛や婚約も和範主導、ものづくりにおいてもセンスはあるのに自信がなく、瑠衣に見出された後も積極的に売り込んでいくわけではなく、正直、いくつかの幸運な出会いに導かれている。でも、最後のページを読んだ時、彼女はこの先、自分の人生を自分で切り拓いていくだろうと思わせてくれる。精神的にようやく自立したと分かるのだ。著者が大切にしようとしているものがにじみ出ている、大きな成長の物語である。