スーダン出身のモハメド・オマル・アブディンさんは、日本語はペラペラで福井弁も操り、日本の鍼灸の知識を持ち、オヤジギャグまで使いこなすという、日本になじみ過ぎているスーダン人。さらに驚くべきは、アブディンさんが実は盲目だということ。スーダンの大学で「日本の学校で鍼灸を学ぶ」という留学プログラムに出合い、来日したアブディンさんは、日本語も日本の点字もわからない中、猛勉強で鍼灸の国家資格を取得。その後は短期大学、4年制大学へ進学。現在は大学院で論文を執筆中です。そんなアブディンさんの日本での日々をつづった『わが盲想』は、彼の明るく楽しいキャラクターがそのまま表現された一冊です。

―――今回、執筆に至った経緯を教えてもらえますか。

 友人でノンフィクション作家の高野秀行さんに、以前から本を出すことをすすめられていたんです。でも面倒くさがりでなかなか進められずにいたんですが、2011年に子どもが生まれたのをきっかけに、社会に対する考え方のようなものが変わって。この日本の社会の中で、自分がどんな立ち位置にいるかを考えたくて、書くことにしました。

―――アブディンさんがスーダンにいた頃は政治情勢が悪化していて、大学も閉鎖されていたとか。そうした背景もあって、日本への留学を決断されたんですよね。実際に来てみて、日本はどのような環境だと感じましたか。

 私はこれまで福井県と茨城県に住み、現在は東京で暮らしているんですが、都会は暮らしやすいですね。目が見えないと公共交通機関を使って移動しますから、その点で都会は整っています。スーダンでは車道と歩道が分かれておらず、危なくて一人では外出できませんでした。バスもバス停が決まっているわけではなく、自分が降りる場所で「ここで降ります」と言わなければならない。私はスーダンでバスに乗る際は、あらかじめ降りる場所を伝えるんですが、100メートルも停まる場所がズレたりして。そうなると、どっちに歩いていいか分からなくなったりしていました。

―――福井、つくば、東京と過ごして、それぞれに違いは感じましたか?

 つくばは通行人が少なくて、道が広くてまっすぐなんです。曲がり角が少ないと、私にとっては道を覚える手がかりがないんですよね。その点、東京はいろんなものが密集していて便利だと思います。道も狭く入りくんでますし、いろんな匂いの"目印"がある。匂いで『ここはミスドだな』とか、『ここはガソリンスタンドだな』とか。私はガソリンスタンドの匂いが好きなんですよ(笑)。ただ、都会のラッシュアワーは異常ですね。初めて乗ったときは、目的地に着く前に降りちゃいました(笑)

―――満員電車は日本ならではの光景かもしれませんね(笑)。ところで、お風呂に集団で入ることにもかなり抵抗があったとか。

 福井の学校では寮に入っていたんですが、そこではみんなでお風呂に入るんです。スーダンでは集団でお風呂に入ることはないので、苦手でした。それにこっちは周りに裸を見られるのに、自分には見えない。不平等ですよ(笑)

―――確かに(笑)。食べ物ではお寿司にハマったと聞きました。

 私の出身地で魚と言えば、ナイル川で獲れた川魚なんです。川魚って臭いですよね。それに川魚には寄生虫がついているので、よく火を通さないと食べられない。そういう臭い魚を想像していたので、びっくりしました。臭いもしないし、すごく美味しい。そのほかにも練り物やエビフライなんかが好きです。

―――逆に苦手なものはありますか?

 これを言うと、好感度が下がるかもしれないのですが......肉じゃががあまり好きじゃないんです。あれはジャガイモを大きめに切ってありますよね。だから外側には味がついているけど、中にいくにつれて味がなくなっていく。あれは最大の詐欺ですね(笑)。でも、肉じゃがは昔、東郷平八郎が留学先のイギリスで食べたビーフシチューを再現させようとして、失敗したところから生まれたものらしいです。それを聞いたとき『失敗作だから私は苦手なんだ! 間違ってなかった!』と思いましたね(笑)。ちなみにこれはラジオで聞いた知識なんですが。

―――そういえば日本語を学ぶうえでも、ラジオは役立ったそうですね。

 ラジオでは野球中継が面白くてよく聞いているんです。ラジオの野球中継は、目で見なくても楽しめるように表現力豊かに言い表すじゃないですか。たとえば大きな当たりがファウルになったときに「会場のざわめきがどよめきに変わりました」なんて。すると「ざわめき」と「どよめき」という言葉を同時に覚えることができます。民放の中継は特に面白いですね。それぞれ応援している球団があって、そのチームが打つと「打ったー!」と大げさに言うけど、結果、ショートゴロだったりして(笑)

―――アブディンさん自身は、ブラインドサッカーをされているそうですね。

 「たまハッサーズ」というチームに所属していて、去年は4年ぶりに優勝しました。実は去年は調子が悪くてずっと控えだったんですけど、決勝でケガをした選手の代わりに出場することになって、たまたま遠くから蹴ったシュートが決まったんです。その後すぐに下げられたんですけど、それが印象に残ったのか、その年のMVPに選ばれちゃって。チームメイトに「ドロボー!」って言われました(笑)。今後は、一度でいいからマラソンに出てみたいですね。私は根性がないので、42.195キロ走る根性ってどんなものなのか、一度体験してみたいんです。

―――日本で様々なことに挑戦する一方で、自国のために「スーダン障がい者教育支援の会」を立ち上げ、視覚障がい者のための教育環境を整える活動も行っているそうですね。

 スーダンの小学校で点字を教えたり、全ての教科書をデータ化することもできました。今後はそれを点字プリンターでプリントして配ることをやっていきたいと考えています。昨年、国立白うめロータリークラブの支援で購入したスーダン初の点字プリンターが、視覚障がいを持った多くの子どもたちに、じゃんじゃかじゃんじゃか点字教材を作り出していく日を楽しみにしています。私は教育の現場では平等であることが大事だと思っているんです。というのは、教育によって将来が左右されるのに、目が見えないことがペナルティになって、将来の可能性が狭められるのは不平等だと思うからです。

―――具体的にスーダンの教育環境の、どんなところに問題があるのでしょうか。

 日本では、目の見えない人のための特殊学校は各県に1校はあるんですが、スーダンは全国に2校しかない。だからほとんどの視覚障がい者は一般の学校に通うのですが、環境が整っていないために勉強についていけない。スーダンは識字率が60%以下なので、もし親が字を読めなければ、家で教えてもらうこともできない。それで、学校をやめたくなったりしてしまうんですね。

―――アブディンさんが考えるスーダンの理想の教育環境とはどんなものでしょうか。

 普通の学校、特殊学校、それぞれに長所はあると思います。特殊学校だと近所の子と遊ぶ機会が少なかったりして、健常者の友達ができにくかったりする。普通の学校に通っていれば、自然と近所の子どもたちと友達になりますよね。それに、普通の学校に視覚障がい者がいれば、周囲もどんなフォローが必要なのか学ぶことができる。それに、勉強のライバルになれたり、ケンカ相手になったりと対等な関係も築けます。これからは、障がいがあっても、特殊学校か普通の学校か選択できる教育環境を作っていくことが大切だと思います。ただ、実は今、団体は深刻な人手不足なんです。この記事を見て、活動に興味を持ってくれる人がいたらありがたいなと思います。


 今後も理想の教育環境を実現させるために「自分たちのできることを、背伸びをせずにやっていきたい」と話すアブディンさん。一方で、ラジオの野球中継をきっかけに広島カープの大ファンになったというアブディンさんは、「いつか『どうやったら広島カープは勝てるのか』という本を書きたいです(笑)」とも冗談交じりに話していました。そんなアブディンさんの日本での苦労と笑いが詰まった一冊、読めば日本やスーダンに関して、面白い発見ができることうけあいです。

≪プロフィール≫
モハメド・オマル・アブディン
スーダンの首都・ハルツーム出身。19歳の時に来日し、福井県立盲学校で点字や鍼灸を学ぶ。その後、筑波技術短期大学、東京外国語大学に進学。現在は、東京外国語大学大学院博士後期課程に在籍中。好きな作家は夏目漱石と三浦綾子。好きな球団は広島カープ。また、ブラインドサッカーの選手として「たまハッサーズ」で活躍している。