下重暁子・作家
下重暁子・作家

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「ラジオと共にある幸福」。

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 一月ぶりに軽井沢へ原稿をかかえて来たら、樹々の葉は地面に落ちて、厚さを増している。時折冷たい風がその葉をまき上げ、船のように空中を流れ、場所を変える。

 左隣の山荘でも、下の家でも、その落ち葉をかき集めるための機械が入り、鈍い音を響かせている。

 いよいよ冬の到来だ。零下十度ぐらいになる日もあるので、雪は少ないが凍りつくので要注意。私の山荘は、以前から建っている夏用の家に寄り添うように完全暖房の小さな冬の家を作ったが、五年前から真冬に来るのは避けている。凍結した道路が怖いからだ。七年前にかけて毎年右足首、左足首、左手首と骨折が続いたから臆病になった。

 たぶん今年は今回が最後だろう。

 すっかり見晴らしが良くなって、南側の山が晴天に姿を現し、スキー場の人工雪のゲレンデも見えてきた。

 冬場は暖房の目盛りを「1」にしてつけっぱなしだからいつでも暖かい山荘に入り、あちこちチェックをし、最後にテレビをつけた。電源を入れ、「あれ? おかしい」。画面には「受信できません」の文字。

 テレビの説明書を読んで、つれあいが操作してみるが、うんともすんとも言わない。

 管理人さんが来てくれてなにやらスマホを使って努力しても無理、休日なので電力会社も電話が通じない。日頃電気製品を買っている店からも応援が来たが、処置なし。仕方ない。十一月二十四日の休日明けまで待つしかない。山裾なので有線放送なのも面倒なのだ。

 ラジオは平常通りなので、ま、テレビはこの際、やめてみるか。テレビのない生活もそれはそれで良しと諦めて、お昼時、ラジオの正午のニュースから聞き始める。十五分間のニュースが終わると、なんと聞き馴れたテーマ音楽が流れ始めた。

「ひるのいこい」。え? まだやってるんだ。私がNHKアナウンサーとして勤めていた五十年以上前にもあった。たしか戦後間もなくから放送されたはずだ。子供の頃の記憶もあるから間違いはない。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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