瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。著書多数。2006年文化勲章。17年度朝日賞。単行本「往復書簡 老親友のナイショ文」(朝日新聞出版、税込み1760円)が発売中。
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)
横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰。(写真=横尾忠則さん提供)

 半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

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■横尾忠則「本当に健康な人は気がつくと死んでいたと思う人」

 セトウチさん

「健康のために何かしていますか?」と担編さんこと鮎川さんから来た質問です。「ハイ、何もしないことをしています」。健康に拘ること自体が不健康です。そんな時間があるならアトリエのソファにゴロンと横になって、一向に進まない時間を貪っていたいです。

 先ず健康といえば時間と関係があると思います。僕は今日現在健康です。なぜかというと時間が静止したように一日の時間が長いからです。不健康な場合は時間が短いです。反省したり、後悔したり、あれこれ取り越し苦労は時間に支配されている証拠で、時間を縮小してしまいます。時間を支配できれば時間を止められます。絵を描くことは時間を止めて、時間を支配することなんです。

 昔、元巨人の川上哲治さんは投手の投げた球が止まって見えると言いました。つまりボールのスピード時間を止めるのです。そしてボールを止めたところをガツンとバットで叩くのです。これができるのはあれこれ考えないからできるのです。天才アスリートは、皆、時間を支配する能力を持っています。時間を思い通りに自分の配下に置いて支配するのです。そのためには健康でなければなりません。だから健康と時間は両輪なんです。それを僕は宇宙時間と呼んでいます。健康も時間も宇宙を介在させると思い通りに支配できます。だから考えないことが大事なんです。絵はアスリートにならないと、頭で考えた絵になって、観る人の頭にしか訴えない絵しか描けません。文芸は別でしょうけれど。

 魂の奥底から魂の奥底へと交流させるためには三島由紀夫的交霊術的交流が必要です。これも、それも全て時間から来ているのです。三島さんは時間にうるさい人でした。自分の時間も相手の時間も支配してしまいたいと考える人でした。三島さんの健康はこの時間を支配する能力にあったと思います。三島さんには無駄な時間はなかったのです。待ち合わせに一分でも遅刻したら、腕時計を見ながら「遅い!」と言われました。自分に厳しいだけではなく、他人にも厳しいという三島的教育論です。時間に対する、礼儀礼節が宿っていたのです。つまり宇宙時間を45年間生きた人です。三島さんの健康はこの自分らしい時間の実践にあります。

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