人間の五感のひとつがダメージを受けると連鎖的にバタバタと崩落するようです。音声と言葉を失ったあと、今、困っているのは腱鞘炎です。僕の場合手は商売道具です。右手の腱鞘炎のために左手に筆を持ちかえましたが、○ひとつ描くにしても、まるで蚊取線香みたいに(●=渦巻き状の線)、こんな風に渦状になってしまいます。その内左手も変形性関節症になってしまって、次なる手段を目下考えているところです。ルノアールは筆を手に包帯のようにグルグル巻きにして描いていました。モネは白内障で見えないまま、チンパンジーの殴(なぐ)り描きみたいな絵を描きました。それが晩年の傑作を生むことになったのです。

 如何にハンディを上手く創作に利用できないかと毎日考察をしているところです。僕は元々具象画家ですが、やがて抽象画家に変身することでしょう。今の僕にとってはハンディが自然体です。作品のスタイルをわざと変えなくても、自然に変るので余計な努力を必要としないので、この点は神の恵みにあずかったようなものです。きっとセトウチさんより下手くそな絵になると思います。いつか幼児画の2人展を開きましょう。そのためにお互いに腕を磨(みが)く必要はありません。ほっとけば自然に天才画が描けます。岡本太郎さんなんか目じゃないです。

■瀬戸内寂聴「2人の阿波踊りでも見せてやりましょう」

 ヨコオさん

 最近とみに、身体が不自由になりました。

 つまり、身体が自分の思うように動かないのです。

 寂庵のお寺なみの広い廊下の中心を、まっすぐ歩いているつもりなのに、脚は一向に前に進まず、壁際へ、壁際へと片寄ってゆきます。

 両脚は交互に、すっと前へ出しているつもりなのに、なぜか、いつの間にか壁際すれすれに寄っていて、片腕は、しっかり、壁を撫でているのです。つまり、身体が私の意志にそむいて、勝手に自分の好きなように動いているのです。こんな不自由なことはありませんよ。そうです。不自由というほか、言葉がありません。

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