この数か月、私が人と会わず、家から一歩も出ないのは柄にもなくコロナウイルス三密を避けているからだと人は思っているらしいが、コロナとは関係なく、こうしているのがらくであるからしているだけのことなのである。気力体力とみに衰え脳ミソはすり減って、思考力想像力持久力記憶力、その上、物欲さえもすべて薄らいでしまった。退屈を感じることさえなくなっている。それゆえそれに合せた暮し方になっているだけのことである。

 私の家から十分もかからないという所にサミットというスーパーマーケットがある。ある日、私は娘に誘われて久しぶりにサミットへ行った。サミットは私の孫が小学校へ上がった頃、およそ二十年ほど前はよく行っていたスーパーである。忙しい仕事の合間を縫って走って行ったものだ。大急ぎでした買物の篭をカウンターの台の上に置くと、待ち構えていたおばさんがさっと篭を引き寄せて、手早く中身を点検して支払い金額を算出してくれる。お互いのリズムはなかなかのものだった。ある時、篭の中に私が入れた胡瓜をとり出したおばさんが、いきなり、

「これはダメ」

 といって胡瓜を手にどこかへ走っていった。走りながら「曲ってる、この胡瓜」と叫んでいる。

 間もなく彼女は取り替えた真直な胡瓜を持って息せき切って戻って来たのだったが、胡瓜が曲っていようといささかも気にかけない私に比べて、少しの曲りも見逃さないおばさんのこれこそ「主婦魂」というものか、職業意識かと私はひどく感心したのであった。

 そんなことを思い出しながらサミットへ何年ぶりかで私は行った。勿論、おばさんの姿はない。カウンターの台の前に立っているのはきれいに化粧した「おねえさん」である。買物を入れた篭を台に乗せるとおねえさんはかつての型通りに篭の中身を点検し会計額を出し、そうして、その篭を受け取ろうとした私の手を無視して、横にある為体の知れないキカイの上に乗せた。

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