大谷:薬師寺のご本尊の教えが説かれている「薬師経」というお経の中に「身心安楽(しんじんあんらく)」という言葉が出てきます。「身」というのは目に見える世界、「心」というのは目に見えない精神の世界のこと。つまり、体と心のバランスが整ったところに、初めて本当の幸せがやって来ると説かれています。これまでさまざまなトラブルを抱えた方々にお会いしましたが、体と心どちらかに問題があると普段の生活にも支障をきたしてしまう方が多いです。

久道:おっしゃること、腑に落ちます。「身心安楽」に対して仏教は信心、「心」の側から人間にアプローチをかけていくわけですよね。それに対して、我々のような医療者は体のほうから追求していく。その際に見えてくるのは、「歩けるかどうか」が人生を分けるという身も蓋もない現実です。例えば、信号というのは秒速1メートルの速度がないと、青で渡りきれないようにできています。この秒速1メートルというのは、歩行が困難になって心身が衰えるという意味で「老い」の基準値でもあります。

大谷:「歩くこと」がいかに人間の根幹をなしているかということですね。

久道:それだけではありません。先進国のデータを見てみると、どの国でもコロナ禍で歩数が激しく減っています。特に日本の場合は、65歳くらいまでの中年世代に顕著です。足腰が弱って外に出られないお年寄りが味わってきたようなことを今は中高年世代が体験している。しかし、このことをポジティブに受け止めるなら、外には自由に出ることができない閉塞状況が心にどう影響を与えるのかをシミュレーションし、それに向けて心構えを行う時期だということでもある。この機会を上手に捉えて次に生かすことができればいいと思っています。

大谷:コロナ禍だとどうしても運動不足になってしまう。ましてや通勤しなくなったりしたら全然動かないという人もいる。そういう人はどうすればいいんでしょうか。

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