李登輝氏死去 生前司馬遼太郎に語っていた台湾と中国の未来 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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李登輝氏死去 生前司馬遼太郎に語っていた台湾と中国の未来

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村井重俊週刊朝日
司馬さん(左)と李登輝さんの対談。内容はいまも新しい=1994年、台北市(撮影・長谷忠彦)

司馬さん(左)と李登輝さんの対談。内容はいまも新しい=1994年、台北市(撮影・長谷忠彦)

 台湾出身者で初の総統となり、台湾の民主主義を確立した李登輝さんが7月30日、97歳で死去した。司馬遼太郎さんの著書『街道をゆく─台湾紀行』の登場人物でもある。

 1993(平成5)年1月2日に台湾に到着した司馬さんは、3日後に台北市内の総統官邸に招かれている。2人は同い年で、学徒出陣の経験も同じ。李登輝さんは旧制台北高校から京都帝大に進んだ。「日本語世代」であり、流暢(りゅうちょう)な日本語で会話は弾んだ。予定の2時間が過ぎ、帰ろうとする司馬さんを引き留め、

「今度、いつ来る?」

 すっかりトモダチ言葉である。

「また春には来て、台湾東部の山地の人々に会うつもりですよ」
「じゃ、僕が案内する」
「とんでもない」

 総統に来られては「街道をゆく」もあったものじゃない、そう司馬さんが断ると、李登輝さんは口をとがらせた。

「だって、歴史を知らないだろう」

 歴史を知らないだろうと言われた司馬さんを見たのは、私は初めてだった。一同爆笑し、こうして顔合わせは終わり、司馬さんは言っていた。

「李登輝さん、まるで旧制高校生だったな。また会いたいね」

 言葉通り、4月に2人は花蓮市で再会する。


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