被災地ボランティアで「まこしー」と呼ばれた眞子さま 厄災で天皇家がやってきたこと (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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被災地ボランティアで「まこしー」と呼ばれた眞子さま 厄災で天皇家がやってきたこと

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永井貴子週刊朝日#皇室
台風19号で被災した宮城県丸森町の五福谷地区を訪れた天皇、皇后両陛下=2019年12月26日 (c)朝日新聞社

台風19号で被災した宮城県丸森町の五福谷地区を訪れた天皇、皇后両陛下=2019年12月26日 (c)朝日新聞社

 天皇、皇后両陛下は4月28日、新型コロナウイルスについて専門家から3回目の説明を受けた。最初の2回は感染症対策専門の医療従事者を招き、今回は経済が軸。ご進講を行った日本経済研究センターの岩田一政理事長は、「経済学というより、人々の暮らしがどうなってゆくかに関心を持たれていた」と話している。

 4月には即位に伴い、NPO法人「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク」と子どもの貧困対策に取り組む「子供の未来応援基金」の2団体に計1億円の寄付をしている。

 過去に厄災が起きたとき、天皇家は何をしてきたのか。

 御所からほとんど外出することのなかった近代以前の天皇は、国と国民の平和を神に祈り、儀式をつかさどる「儀王」であった。

 だが、近代に入ると、祈りだけで災いを防ぎ得る、という信奉は揺らいだ。

 政治と軍部に大きな影響力を保持した近代天皇制の影響もあり、明治天皇は1891年の濃尾地震、5年後の明治三陸地震で勅使を派遣して情報収集に努めた。戦前統治の一つのあり方だった。

 1923年の関東大震災では大正天皇の妃、貞明皇后が病気療養中の大正天皇に代わり、被害状況の情報収集に努めた。上野公園内の被災者収容所などを訪ねて被災者を見舞い、東京や近郊の視察を続けた。死者や被災した人々のために詠んだ和歌は150を超えた。


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