佐々木蔵之介、実はコンプレックスだらけだった 俳優になった理由 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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佐々木蔵之介、実はコンプレックスだらけだった 俳優になった理由

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佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ)/1968年生まれ。京都府出身。神戸大学在学中に劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加。98年まで同劇団の看板俳優として活躍後、上京。2014年には「空ヲ刻ム者」で歌舞伎デビューも果たす。演劇ユニット「Team申」を主宰し、若手演劇人とも積極的に交流。今年は、1月に映画「嘘八百 京町ロワイヤル」と「記憶屋 あなたを忘れない」が公開された。大河ドラマ「麒麟がくる」では、後の豊臣秀吉である藤吉郎を演じている。5月13日から6月7日まで、PARCO劇場オープニング・シリーズ第2弾「佐渡島他吉の生涯」で主演する予定だったが、新型コロナの影響で中止に。9月、出演映画「峠 最後のサムライ」が公開予定。 [撮影/遠崎智宏、ヘアメイク/晋一朗、スタイリスト/勝見宜人(Koa Hole)]

佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ)/1968年生まれ。京都府出身。神戸大学在学中に劇団「惑星ピスタチオ」の旗揚げに参加。98年まで同劇団の看板俳優として活躍後、上京。2014年には「空ヲ刻ム者」で歌舞伎デビューも果たす。演劇ユニット「Team申」を主宰し、若手演劇人とも積極的に交流。今年は、1月に映画「嘘八百 京町ロワイヤル」と「記憶屋 あなたを忘れない」が公開された。大河ドラマ「麒麟がくる」では、後の豊臣秀吉である藤吉郎を演じている。5月13日から6月7日まで、PARCO劇場オープニング・シリーズ第2弾「佐渡島他吉の生涯」で主演する予定だったが、新型コロナの影響で中止に。9月、出演映画「峠 最後のサムライ」が公開予定。 [撮影/遠崎智宏、ヘアメイク/晋一朗、スタイリスト/勝見宜人(Koa Hole)]

佐々木蔵之介さん [撮影/遠崎智宏、ヘアメイク/晋一朗、スタイリスト/勝見宜人(Koa Hole)]

佐々木蔵之介さん [撮影/遠崎智宏、ヘアメイク/晋一朗、スタイリスト/勝見宜人(Koa Hole)]

 舞台「佐渡島他吉の生涯」の、あの森繁久彌さんの当たり役と言われた明治~昭和を生きた人力俥夫・佐渡島他吉役を演じることになっていた佐々木蔵之介さん。現在52歳。“二枚目”であり“実力派”であり“個性派”でもある蔵之介さんは、今や、演劇界のみならず、映像の世界でも確固たる存在感を発揮しているが、演劇に出会うまでは、意外にもコンプレックスの塊だったという。

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「兄がとても優秀だったので、そこに引け目を感じていたというのがあります。京都の洛南という進学校に進んだものの、成績は下のほうでした(苦笑)。1浪して東京の私大に入ってからも、別の大学に入りなおそうと思って予備校に通ったりして。当時はいろんなところで心を閉ざしていた。それから神戸大に入って、突然勉強しなくてもよくなって、暇を持て余していたとき、演劇に出会ったんです。舞台上で、お客さんに拍手をいただき、笑っていただけたことで、何かひとつ“認められた”という感じはありました」

 人前で話すことは、もともと得意ではなかった。演劇の世界に足を踏み入れたのも、「家業(造り酒屋)を継ぐなら、人前でうまく話せるようにならないと」と思ったことが動機の一つ。

「でも、演劇に出会ってからは、仲間たちとの関係を“ここで終わらせられない”と思ったんです。芝居は、僕のそれまでの人生で長く続けることができた唯一のことでした。もしかしたら、唯一の“夢中になれる遊び”であり“自己表現”だったのかもしれない」

 大学を卒業後、関西の広告会社に勤務したこともある。劇団を辞めて、単身上京したのは、30歳のときだ。

「30歳で上京は遅すぎる、なんてことも言われましたけど、『遠回りしたな』と思うことはないです。劇団で頑張ったことも、会社に入った2年半のことも、後々の力になっている。当時の仲間とは今も付き合いがありますし、劇団時代に知り合った人たちとお仕事でご一緒したりもしてます」


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