「死を思え」親友を見送った記者が目撃した「死んでいく力」の凄み (1/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「死を思え」親友を見送った記者が目撃した「死んでいく力」の凄み

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鮎川哲也週刊朝日#シニア#終活
修治さん(左)と留美子さんの趣味は登山だった。金峰山に登ったときには南に富士山が望めた。2005年頃

修治さん(左)と留美子さんの趣味は登山だった。金峰山に登ったときには南に富士山が望めた。2005年頃

2018年冬、二人で出かけた下田の日帰り温泉の前でほほ笑む金田さん(左)と大岳さん

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修治さんがいつもそばに置いている、一番お気に入りの留美子さんの写真

修治さんがいつもそばに置いている、一番お気に入りの留美子さんの写真

「終活」という言葉が世にあふれている。元々、週刊朝日が使い始めた言葉だ。試しに「終活」をネット検索すると、6千万ものサイトがあった。でも、それらの情報は便利だけれど、どこか現実味に欠ける。近頃、親しい友人を相次いで失った編集部記者が考えた。ほんとの終活って?

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*  *  *
 還暦の坂も見えてきた記者。元気だった両親も80代になる。足を悪くした母のサポートのため、しばしば東京から四国に帰っている。

 そんな老いの現実に直面してはいても、思えば死はひとごとだった。独り者で、幸いにして友人は多く、よく酒を飲む。夜になると寝て、朝になると起きる。それが当たり前の暮らしだと思っていた。

 25年近く付き合いがあった「キンチャン」こと広告会社に勤務していた金田昇さんも、そんな仲間だ。よくキャンプなどを楽しんだ。

 付き合い方がガラリと変わったのは3年ほど前のことだ。

 61歳のとき、金田さんに膵臓(すいぞう)がんが見つかった。手術は成功したが、病状は重い。仕事熱心だった彼も勤めをやめざるをえなくなった。さらに持病の座骨神経痛が悪化し、歩くこともままならなくなり、自宅療養を余儀なくされた。

 それで体を休められるのはいい。でも妻もフルタイムで働き、子どもは独立。家に一人でいることが多く、時間を持て余している様子だった。

 手を差し伸べたのは、アウトドア仲間である大岳令幸さんだ。

 無聊(ぶりょう)の日々を送る金田さんに、療養も大事だが仕事もすべきだ、と説いた。本人もそう考えていたこともあり、体に負担の少ないマンション管理人の仕事を勧めた。勤務先は偶然、大岳さんの住まいのすぐ近くになった。

「金田さんの面倒を見なさい」

 と、そのとき運命のようなものを感じた、と大岳さんは言う。友の健康状態を気にかける日々が訪れた。

「仕事をし、社会に参加していると生きていることを実感できる、と思うんです。それに生きる意欲を持ってほしかったんです」


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