一般の人にはややとっつきにくいかもしれない前半部分(それでも介護をしたり、周りに高齢者がいれば膝を打つところが多いはずだ)と比べ、圧倒的に実用的なのは、認知症に対する記述の部分だ。

 竹中先生は、認知症を障害としてみるのでなく、障害と保持(された機能)の混合体としてみる。

「ケアの基本は、障害された機能をサポートして、保持している能力を引き出すことにある」

 当たり前のようなことであるが、意外に難しい。家族というのは、認知症の人が何かができなくなると慌ててしまう。それを戻そうとして、トレーニング的なことをやらせる。そしてこれが認知症の人には大きなストレスとなり、問題行動を引き起こす。その際に、家族の側は認知症の人に、まだまだたくさんできることが残されていることを忘れている。

 竹中先生は医療的ケアであっても生活を軸にするように求める。

「生活に訓練を持ち込まない。日時を言えても、小学生の算数問題を解いてもディメンティア(認知症)の患者の生活が豊かになるわけではない。それより人と交わり、花見を楽しみ、買い物に同行して帰りになじみの蕎麦屋に寄るほうが楽しい」

 歌を歌うのも動物を可愛がるのも音楽療法やアニマルセラピーではなく、生活の一部となって初めて意味をもつと主張する。

 さらに精神科医が家族を支える意義、介護報酬に縛られケアがマニュアル化して、ケアスタッフの主体性が奪われ「やりがい」がなくなっていることも介護職の離職率の高さにつながっているという考察など現場経験からしか書けない話も満載だ。

 高齢者をとりまく様々な問題を知るには絶妙のテキストと言える。

週刊朝日  2020年3月6日号