誰にも見つからないようにビニール袋にステテコを放り込んでカバンの奥にしまう。パンイチで肌襦袢一枚の真打ちがウロウロしていると前座さんも不思議に思うはず。そこは「着替える途中に物思いに耽る態」で腰を浮かし気味に座り、中空を見つめていると、向かいに居る金馬師匠が「どうしてキミはパンツ一丁なの?」と聞いていた。

 この際、もう言っちゃったほうが気が楽だ。うんこタレと思われてもいいじゃない、人間だもの。40過ぎだもの。「……へへ、実はですね……」と言いかけると、立前座(前座のリーダー)が「師匠もですか?」と申し訳なさげ。「何が?」「実はこないだ、◯◯師匠が……」。え? ◯◯師匠も脱……。「洗浄便座の誤作動で下半身ビショビショで出てこられたんです。修理したはずなんですが……」

 口をついて出たのは「……もう一度、業者呼んだほうがいいんじゃないかな?」。うちに帰ってステテコを漂白剤に浸けていると己の情けなさが身に染みた。2月に入ったからもういいだろう。そのときの前座さん、ごめん。俺は小さい人間だ。

週刊朝日  2020年2月21日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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