取材中、Aさんは取り乱すことはなかった。落ち着いていられるのは、着岸しているのが横浜港だからだ。

「不謹慎な言い方になるかもしれませんが、『日本で良かった』というのが本音。感染者はすぐに病院に搬送されていますし、海外で同様のトラブルに巻き込まれていたら、心配で眠れないでしょうね」

 当初、横浜港沖に停泊したのは2月3日。4日に予定されていた着岸が6日に延びて食料や水の補給が遅れたため、不自由な生活を強いられたこともあった。

「『食事はパンとパスタばかりだから、ご飯が欲しい』。こんな要望が特に日本人客からたくさん寄せられたそうです。娘も『おにぎりを食べたい』って話してましたね。5日から(船内の)レストランが閉鎖され食事が各客室へ個別に届けられるようになったため、客室担当者が不慣れだったんでしょう。配食にかなり混乱があったらしく、朝食を持っていったのが半日以上遅れた日暮れどきになった客室もあったそうです」

 5日に横浜港から房総半島沖に出て水の生成を行うまで乗組員には節水が求められ、「洗濯機の使用は禁止で下着やタオルは手洗いした」という。

 一方、検疫と厚生労働省の現場担当者には不満たらたら。7日のLINEメールには、

「もう検疫と厚生労働省の人たち頭悪すぎるんだけど」「41人降ろすのに8時間以上かかってる」とあった。

 Aさんもこう憤る。

「しかも、感染者を引き取る厚労省の担当者たちは自分たちが完全防備の防護服なのに、客室にいる感染者を連れてくるのはマスク1枚だけの乗務員任せ。厚生省の担当者は乗降口付近から動かないそうです。ひどいと思いませんか?」

 コロナウイルスの検疫は特殊で時間がかかるのは、やむを得ない面もある。防護服を着ていなかった検疫官が感染するなど被害は拡大している。気になるのは、日に日に感染者数が加速度的に急増していること。5日の時点で厚生労働省は「乗客・乗組員については感染防止のため14日間程度、船内にとどまるよう求める」としていたが、目安としていた2月19日に下船できる可能性は極めて低い。

「今、厚労省や運行会社に明言してもらいたいのは、狭い船内での軟禁状態をいつまで我慢すればいいのか? です。乗客の皆さんのストレスはたまる一方で、いつ、それが爆発しても不思議ではありません。その矛先が向かうのは、まず乗組員だと思います。また、乗組員たちは休憩もほとんど取れない状態で頑張っていますが、それも限界を超えつつあります。乗組員のサポートをする人を乗船させるなど、臨機応変のケアをしないと船内がパニックになりやしないかと心配しています」(Aさん)

 10日には乗客が、部屋の環境を改善することや、持病の薬を届けること、さらに医師や看護師を派遣するなど、六つの項目をまとめた要望書を厚労省に提出。すでに現場では待った無し!だ。

(ライター・高鍬真之)

※週刊朝日オンライン限定記事

暮らしとモノ班 for promotion
大谷翔平選手の好感度の高さに企業もメロメロ!どんな企業と契約している?