尾上菊之助「歌舞伎役者の心」を明かす 『国宝』吉田修一との対談で (2/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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尾上菊之助「歌舞伎役者の心」を明かす 『国宝』吉田修一との対談で

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木元健二週刊朝日
(左から)尾上菊之助(おのえ・きくのすけ)1977年生まれ。現在は、TBS系ドラマ「グランメゾン東京」に主人公のライバルシェフとしてレギュラー出演するほか、新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」(宮崎駿原作)が新橋演舞場で上演中/吉田修一(よしだ・しゅういち)1968年生まれ。2002年「パーク・ライフ」で芥川賞。『パレード』(山本周五郎賞)、『悪人』(大佛次郎賞、毎日出版文化賞)、『横道世之介』(柴田錬三郎賞)、近著に『逃亡小説集』(撮影/写真部・東川哲也)

(左から)尾上菊之助(おのえ・きくのすけ)1977年生まれ。現在は、TBS系ドラマ「グランメゾン東京」に主人公のライバルシェフとしてレギュラー出演するほか、新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」(宮崎駿原作)が新橋演舞場で上演中
/吉田修一(よしだ・しゅういち)1968年生まれ。2002年「パーク・ライフ」で芥川賞。『パレード』(山本周五郎賞)、『悪人』(大佛次郎賞、毎日出版文化賞)、『横道世之介』(柴田錬三郎賞)、近著に『逃亡小説集』
(撮影/写真部・東川哲也)

尾上菊之助さん (撮影/写真部・東川哲也)

尾上菊之助さん (撮影/写真部・東川哲也)

尾上菊之助さん(左)と吉田修一さん (撮影/写真部・東川哲也)

尾上菊之助さん(左)と吉田修一さん (撮影/写真部・東川哲也)

 40代になり、これまで蓄積したものは自分のフィルターを通してどのように出てくるんだろう、と考えるようになりました。もちろん芸は引き継いでその芸の土台の上で演じるわけですけれど、自分の経験から何かを生み出したいと思っています。

吉田:先輩作家から言われたことがあるんですけど、書きたいものがある時はまだまだなんだよ、と。作家というのは書きたいものがなくなってから書くものがいいものになる、と言われたんですよ。本当になんもなくなった時に出てくるものが作家の言葉なんだよと。きついジョークだなと思ったんですけど、今のお話に通じるものがあります。ただ、これから「出てくるもの」は、出てきてほしい時にはきっと出てきてくれないと思うんですよ、そういうものって。

尾上:そうでしょうね。でも20代は模倣をすることが自分にとっては命綱でしたが、40代の今はそれだけでは済まなくなります。

吉田:一人の歌舞伎ファンとして、この菊之助さんが、元々あるものを越えていく姿をぜひ見ていたい。

尾上:50代だってまだまだと先輩方が仰る通りに、歌舞伎役者は長い人生の中で初役に巡り合うこともありますので、自分自身で出発点を作れる職業だと思うのです。ただこれからも本当に40代、50代をどういうふうに生きていくかによって、全く違う世界になってくると思うので、この10年、20年が自分にとって勝負だと思っています。

吉田:菊之助さんが感じさせる凄みというのは、何かを諦めることから生じているんじゃないかと思います。その分を全部お仕事に持ってこられた凄みを、ひしひしと感じるんです。どのへんにブレーキをかけて仕事へのスピード感を出されているのでしょう。

尾上:答えになるかわからないですけど、20代、30代は、抑制することがいいことのように思っていて、ストイックに過ごすことが芸の上達につながると思い込んでいました。今思えば、自分というものが欠落していたという感じがするんですよ。人とのお付き合いですとか、人間としての深みみたいなものを考えた時、これまで何やってきたんだろうなと40歳にして思ったんです。

 ストイックに、いろんなことを犠牲にして舞台に立つということと、人生を豊かにするということが両輪でないと、きっとこの先はないな、と思ったんです。20代、30代の自分が肩をたたいてくれてたような気がしています。

吉田:だからこそ、今、父親と息子の半々とお話しされたんでしょうね。


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