尾上 大道具さんや裏方さんも本当に真剣に歌舞伎が好きなんです。

吉田:1ミリの狂いも許したくないだろうし、本当に一人もいやいややってない感じというんですかね。

尾上:『国宝』に出てくる女性たちも面白いですね。(俊介の妻)春江であり、(喜久雄のパートナー)彰子であり、(喜久雄の恋人だった)女優……。喜久雄への心配りなど、なかなか表向きの役者像からはわからない部分が描かれていたと思います。

――『国宝』は息をのむような終幕を迎える。ドラマチックな展開に菊之助さんも心をつかまれた。

尾上:最後は本当にぐっときました。あそこが、やっぱり歌舞伎役者としての本当の部分じゃないかと。

吉田:自分の中で最後絞り出したのが、あの場面だったんです。事前には想像もなにもできませんでした。歌舞伎役者の心なんて、もちろんわかるわけないんですけど。きょう菊之助さんにお会いしてますますわからなくなりました(笑)。

尾上:人間の深淵を描く作品を残してくださって、感動しました。歌舞伎という、もとは江戸時代の庶民の芸能だったものが400年の歴史を経て、このように先人たちが築き上げて成熟してくると、ともすれば敷居が高く思えてしまう。その歌舞伎の世界を本当に感動的に描いてくださって、もちろんその歌舞伎が好きな方が読んでも楽しめる作品ですけれども、人間の心を描いてくださることによって、その敷居がなくなったような気がするんです。うわべだけではなくて掘り下げてくださったからこそです。

吉田:また勝手な思い込みを語ってしまうんですけど(笑)、菊之助さんはやはり何かを諦めながら何かを選ばれていると思います。『国宝』で喜久雄は京都の神社に参り、悪魔と取引した、と娘に明かします。

<「『歌舞伎を上手(うも)うならして下さい』て頼んだわ。『日本一の歌舞伎役者にして下さい』て。『その代わり、他のもんはなんもいりませんから』て」>

 それとは違うかたちではあっても、菊之助さんもたぶんどこかで大きな約束を交わされていて、たとえば歌舞伎の神様は菊之助さんを見守っていて、そして大成功するのでしょう。そういう類いまれな役者を同じ時代に観客として見つめられるのは本当に幸せなこと。今後も菊之助さんの生き様を追っていきたい、と一ファンとして改めて思います。

(本誌・木元健二)

週刊朝日  2019年12月27日号