オペレータはこれらを考えなくても口に出すことができるので、その言葉が口から勝手に出ている間に、空いている頭で次の一手を考えることができるのだ。

 私が新入社員向けの電話研修を頼まれた時には、この「電話で使う語彙」を一覧表で教え、なにも考えなくても口から出てくるまでひたすら練習してもらう。そうするとみな次々と電話を取れるようになってくる。電話で必要なのはとにかくこの無意識で勝手に口から出てくる語彙のストックなのだ。

 そしてこの語彙のストックはハラスメント対策にも役に立つ。よく無理難題を言われて言い返せない、という人は実は「断る」という語彙をあまり持っていないのだ。

 日本人は昔から「NO」と言えないと言われているように、直接「断る」ということをあまりよしとしない。それに子どものころは自分の周りには親や教師、先輩といった力関係が自分より強い人の割合が多く(若いころは自分より年上の人の数の方が多いのだから当たり前だが)、そういう人に対して何かを「断る」と角が立つ、逆に怒られてしまうことさえある。
だから皆基本的に「断る」ということに慣れていないし、慣れていないからこそ上手く「断れ」ないのだ。

 コールセンターで理不尽なお客様相手に言い負けてしまうオペレータさんは素直で優しい人が多かった。なぜだろう? と彼、彼女らを見ていると、彼らは圧倒的に「断る」語彙が少なかったし、普段から「断る」という習慣がなかったのだ。

 そこで私は、対お客様用の「断り文句」一覧表を作った。

「申し訳ございませんが、できかねます」
「致しかねます」
「対応できません」
「これ以上はお話しできません」

 これらを新入社員研修と同じく、オペレータさんに覚えてもらいすらすらと口から出てくるまで練習してもらった。すると理不尽な要求の電話に対して「これは断る場面だ」と気づき、「それは致しかねます!」と毅然と断れるようになったのだ。

 人は自分の持っている語彙のストック以上のことを、とっさに口に出すことができない。対面でもそうだが、電話はもっとそうだ。だから、電話が苦手だと思う人はまず「電話でよく使う語彙」というのを覚えてみてほしい。そして言い返せないと悩む人は「言い返す言葉」をストックしてみてほしいと思うのだ。(榎本まみ)

※週刊朝日オンライン限定記事

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榎本まみ

榎本まみ

榎本まみ(えのもと・まみ)/新卒で督促を行うコールセンターに入社するも心を病んで辞めていく同僚を見て一念発起。クレームや罵詈雑言からオペレータの心を守る独自メソッドを開発。現在もコールセンターで働きながらコラムや漫画を執筆している

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