そして有名な「願わくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ」という歌を残し、73歳で歌の通りに幽明界(ゆうめいさかい)を異(こと)にしたのです。見事な死です。その生と死を統合した逝き方を見ると、西行はその身軽さゆえに、すでに聖人の域に達していたのではないかとも思えるのです。

 私は72歳のときに妻を亡くし、ひとりになりました。妻には苦労をかけたままで逝かせてしまい不憫に思いましたが、また来世で会えると思うと、それほど悲しくはありません。

 家族を失うのは、悲しいことであるのに間違いありませんが、身軽になる機会でもあります。そういうときに、プラスの生き方を見出すのもナイス・エイジングではないでしょうか。

 少し前ですが、ある独身女性から「先生! おひとりじゃ、寂しいでしょう。私と結婚しない?」と、冗談めかしているものの本気度の高そうな申し出を受けました。ありがたい限りですが、この歳から身軽さを失いたくないと、丁重にお断りしました。

 このまま、身軽なままで、西行のように逝きたいものです。

週刊朝日  2019年7月26日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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