瀬戸内寂聴が明かす、寂庵のスタッフが“若返る”理由 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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瀬戸内寂聴が明かす、寂庵のスタッフが“若返る”理由

瀬戸内寂聴VS.瀬尾まなほ 師弟対談(後編)

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週刊朝日
「寂庵」での対談は、度々にぎやかな笑いに包まれた(撮影・楠本 涼)

「寂庵」での対談は、度々にぎやかな笑いに包まれた(撮影・楠本 涼)

[左]瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/作家、僧侶。1922年生まれ。東京女子大学卒業。57年に『女子大生・曲愛玲』で新潮社同人雑誌賞受賞。73年、平泉・中尊寺で得度。法名寂聴(旧名晴美)。97年に文化功労者、2006年に文化勲章受章
[右]瀬尾まなほ(せお・まなほ)/瀬戸内寂聴秘書。1988年生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業。卒業と同時に「寂庵」に就職。3年目の2013年3月、長年勤めていたスタッフたちが退職し、瀬戸内寂聴の秘書として奮闘の日々が始まる。 (撮影/楠本 涼)

[左]瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/作家、僧侶。1922年生まれ。東京女子大学卒業。57年に『女子大生・曲愛玲』で新潮社同人雑誌賞受賞。73年、平泉・中尊寺で得度。法名寂聴(旧名晴美)。97年に文化功労者、2006年に文化勲章受章
[右]瀬尾まなほ(せお・まなほ)/瀬戸内寂聴秘書。1988年生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業。卒業と同時に「寂庵」に就職。3年目の2013年3月、長年勤めていたスタッフたちが退職し、瀬戸内寂聴の秘書として奮闘の日々が始まる。 (撮影/楠本 涼)

 作家の瀬戸内寂聴さんを支える66歳年下の秘書、瀬尾まなほさんが『寂聴先生、ありがとう。』を6月に出版。8年間寄り添ってきた寂聴さんへの思いを3年かけて執筆した。前編に引き続き、師弟対談を掲載する。

【師弟対談の写真の続きはこちら】

まなほ(以下、ま):本では、先生が反原発で闘う姿も書きました。89歳で座り込みに参加したり、胆嚢がんの手術の退院直後に国会議事堂前の集会に出たり……。圧倒されました。先生は長らく政治応援はしてこなかったですよね。川端康成さんの頼みすら断ったのに、つい5年前、都知事選で細川護熙さんを応援した。そこに小泉純一郎元総理もいましたね。

寂聴(以下、寂):細川さんは好きだから。選挙手伝って知ったけど、奥様がとってもいい方。細川さんは演説へたなんだけど、奥様がすごくうまい。小泉さんは総理のときから知っています。私が小泉さんにあんましたこともあるくらい。

ま:うまいんですよ。私もたまに肩出すと「凝ってるね~」って先生がやってくれるんですけど、「なんで私がしなきゃいけないの!」って途中で我に返るんです。

寂:被災地へ行くと、何もしてあげることないじゃない。だから「みんな疲れてるでしょ? あんましてあげる、いらっしゃい」って言うの。それでおばあさんが「では……」って来るからやってあげると、「はぁ~、いい気持ち!」って言うの。ふっと見てみると、ずらーっと並んでるのよ!

ま:疲れるし、結構力がいると思うんですけどね。

寂:徳島の女学校は、卒業時に本職のあんま師を呼んできて、習ってから卒業するの。それで、結婚したら「亭主をもめ」ではなく、「舅と姑をもみなさい」と言うの。

ま:秘書になって最初のころは、私も怒られたことがありました。

寂:えっ、そう? たとえばどんなこと?

ま:一度私が何か余計なこと言って、怒られたことがありました。それですぐに「先生すみません。ごめんなさい」と謝ったときの手紙を全部載せました。私に限らず、基本どんなときに怒りますか?


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