そんなことに労力をかけるぐらいなら、模範解答を暗記した方が早い気がしたが、「人生、終わった」人たちの心の闇の深さは、大センセイにはついぞ分からなかった。

 彼らはいま、どんな人生を送っているだろうか。

 もうひとつ、忘れられないカンニングがある。

 小学校の高学年のときのことである。同じクラスにKさんという女子がいた。

 当時の大センセイは品行方正、威風堂々、向かうところ敵なしの学級委員で、勉強もできた。一方のKさんは、不美人で勉強も運動もできない、目立つところのまったくない存在であった。

 その日、算数のテストが始まると、大センセイ、隣の机に座っているKさんが、こちらの手元をじーっと見詰めていることに気づいた。それはもう、あからさまな、紛う方なき、そして決然たるカンニングであった。

 大センセイが解答欄に「4」と書くと、すかさずKさんの鉛筆が動いた。まるで監視されているよう。

 さすがにいかがなものかと思ってKさんの方を見ると、再び彼女が鉛筆を動かして解答欄に何かを書き加えた。大センセイ、思わずそれを見てしまった。

「4  だと思う」

 あれは、カンニングに対する後ろめたさの表明だったのか、大センセイへの遠慮だったのか、それとも……。

 彼女はいま、どんな人生を送っているだろうか。

週刊朝日  2019年4月26日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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