約3年前に亡くなった70代女性も、同ホームで看取られた。女性はかつて、吐血して入院したことがあり、その際、認知症が進んでいたのでひとり歩きの症状がみられた。「点滴を打つときなどに、母が縛られているのを見るのは耐えられそうにない」。家族はそう思い、治療を受けずに施設に戻し、看取りの場とすることを望んだという。

「女性は痛いとよく訴えていましたが、どこが痛いのかわからず、座薬でやわらげていました。そのうち、痛みの訴えがなくなり、食事もほとんどとらなくなり、穏やかに眠っている時間が増えました」(藤原ふさ子医務係長)

 女性を支えていたスタッフにとって印象的だった出来事がある。入浴介護をして女性が湯船につかっていたとき、手だけを静かに動かしてお湯を体にかけ始めた。そして、こう言葉を発した。「ああ、気持ちいい」。女性が静かに息を引き取ったのは、その数日後だった。

 健康寿命と平均寿命の差は、男性約9年、女性約12年。最晩年は必ずしも心身が自由な状態ではない恐れがある。入院時や高齢者施設への入所時に、初めて本人から「最終段階」の迎え方の希望を聞いたのでは遅いかもしれない。

 延命治療を望むのか拒むのかは、人によって判断が分かれ、正解はない。それだけに、親や配偶者が元気なうちにこそ一度は話題にして、思いを共有したい。そうすれば、自分らしい“上手な逝き方”につなげられ、本人も家族も満足できるのではないだろうか。(村田くみ)

週刊朝日  2018年9月14日号