どこよりもステキな『見えない都市』とは?(※写真はイメージ)
どこよりもステキな『見えない都市』とは?(※写真はイメージ)

 本好きにとっては、旅に持っていく本を選ぶのもまた楽しいものです。外出しなくても、書物によって旅を味わうこともできます。ドイツ文学者・エッセイストの池内紀氏が旅先で読みたい本として選んだ3冊は?

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■池内紀氏が読みたいベスト3
(1)『どうして僕はこんなところに』
ブルース・チャトウィン著 池 央耿・神保 睦訳 角川文庫 品切れ
(2)『見えない都市』
イタロ・カルヴィーノ著 米川良夫訳 河出文庫 850円
(3)『日本の川を旅する カヌー単独行』
野田知佑 新潮文庫 品切れ

■選書の理由
旅好きには、きっと思い当たる。旅先でひと息ついたとき、ふと心をみまう感情だ。「どうして、自分はいま、こんなところに」

 ブルース・チャトウィンは、わが同世代であり、偏愛の作家だった。50歳になる前に、さっさとあの世へ旅立ってしまった。死の直前に、さまざまな旅の記録を自らで編んだ。パタゴニア、アメリカ、中国奥地、オーストラリアの先住民の世界……。単行本からこぼれ落ちた記憶の切れはしが、呟きのように聞こえてくる。

 旅の本をよむのもまた一つの旅である。『見えない都市』は、とびきり豪華な旅行であって、時空間を自由にとびまわれる。

「そこから出発して三日のあいだ東の方へと進んでゆくと、ディオミーラにまいります」

 そこには70の銀の丸屋根と、あらゆる神々の銅像が立ち並び、朝ごとに塔の上から金の鶏が時を告げる。

 こんなふうにマルコ・ポーロが王様に、いろんな都市をものがたる。地上のどのようにステキな都市でも、「見えない都市」にはかなわない。しょせんは空想旅行だって? 本当の旅行はいつも、われ知らず、見えない都市を巡っているものなのだ。

 現代の日本にもどるとしても、少し古い日本がいい。パソコンもスマホも知らなかったころの日本。カヌーイスト野田知佑のデビュー作。バブル経済期の少し前のこと。当然のことながら川の旅だ。

 釧路川、北上川、多摩川、信濃川、長良川……。いざとなればメルヘンのような日本の風景がひらけていく。土堤の上を女学生が自転車で行く。笑い声がする。「川の上から見ると、女の子がみんな可愛らしく見える」

 カヌーの手をやすめ、黒いひげをなでている。哲学者のように見える。実際、これはカヌーを漕ぎながら哲学をした記録でもある。

■プロフィール
池内紀(いけうち・おさむ)=1940年、兵庫県生まれ。著書に『ニッポンの山里』『すごいトシヨリBOOK』『記憶の海辺』『みんな昔はこどもだった』など。

週刊朝日  2018年8月17-24日合併号