「ナンシー関に賞味期限はない」いとうせいこう×武田砂鉄対談 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ナンシー関に賞味期限はない」いとうせいこう×武田砂鉄対談

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いとうせいこう(左)/1961年、東京都生まれ。作家、クリエイター。ナンシー関の名付け親、初代編集者でもある。著書に『ノーライフキング』、『ボタニカル・ライフ』(講談社エッセイ賞受賞)、『想像ラジオ』(野間文芸新人賞受賞)など。
武田砂鉄(たけだ・さてつ)/1982年生まれ。ライター。著書に『紋切型社会』(第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』『コンプレックス文化論』『日本の気配』など。「cakes」で毎週、芸能人・テレビ評を連載中。(撮影/小山幸佑・写真部)

いとうせいこう(左)/1961年、東京都生まれ。作家、クリエイター。ナンシー関の名付け親、初代編集者でもある。著書に『ノーライフキング』、『ボタニカル・ライフ』(講談社エッセイ賞受賞)、『想像ラジオ』(野間文芸新人賞受賞)など。
武田砂鉄(たけだ・さてつ)/1982年生まれ。ライター。著書に『紋切型社会』(第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』『コンプレックス文化論』『日本の気配』など。「cakes」で毎週、芸能人・テレビ評を連載中。(撮影/小山幸佑・写真部)"

ナンシーさんが消しゴム版画でつくった自画像

ナンシーさんが消しゴム版画でつくった自画像

 例えば、ある対象への皮肉を盛り込んだコラムが週刊誌に載っている分にはいいけれど、それがネットに転載されると、そのコメント欄って、やっぱりヒドいんですね。

いとう 荒れちゃうんだ。

武田:週刊誌の“コラムの箱”ではなく、五月雨式に流れてくるニュース記事として読まれると……。

いとう:ユーモアが消えちゃうよね。同じ内容なのに、なぜ週刊誌に載ったときにはユーモアが伝わっているかと言ったら、紙媒体には儀礼的なものが必ずあるからですよ。記事を批判する人がいたとしたら、同じ場所できちんと批判して筆者もそれに返さなくちゃいけない。コラムってそういった儀礼の中で読まれることで成立するのね。言説空間の儀礼みたいなものがなくなると、批評がなくなるし報道もなくなっちゃう。

武田:コラムならではの機能があると思います。例えば、ワイドショーが一つのニュースについてガヤガヤ騒ぎ始めたとすると、それに対するナンシーさんの文章を読むまでに1週間くらいかかる。あの密度の高いテキストがそれこそお弁当のようにコラムという箱に敷き詰められて届くまでの、そのタイムラグが重要なんです。事案が生じ、ワイドショーが報じた後、それをナンシーさんがどう料理してくれるのかが楽しみだったし、信頼もしていました。

いとう:SNSみたいなものって、誰でもすぐに書けるからね。週刊誌というのは1週間待たざるを得ないわけだけど、7日たつと人間はこう考えるとか、そこからさらに時間がたつとノンフィクションの一冊としてまとまるとか、それぞれの書き方と読み方がある。情報をSNSでしか見ない人たちは、1時間以内の脊髄反射性がどれだけ光ってるかしか頭にない。

武田:今は、その「1週間で起きたこと」に対して言及するのが、芸能界のエライ人だったりするわけです。松本人志さんであり、和田アキ子さんであり、スポーツならば張本勲さんが「喝」を出すかどうか、みたいな。それがネットニュースになる。つまり、芸能界の中で起きたことを、中のエライ人が認定し、排除し、無視したりする。監査役が社内にいる状態なんですね。

いとう:第三者委員会が機能していないんだね。まさに政治がそうだから。その意味ではコラムは真っ当な第三者委員会。ひとりの人間による勝手な第三者委員会なんです。


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