■アメリカで保険承認

 CARーT細胞療法は、2017年8月、アメリカで、0~25歳の患者に対して保険承認された。臨床試験では、骨髄移植でも助けられなかった患者の80~90%で、治療後がん細胞が検出されない完全寛解に至った。治療は、ほぼ1回の点滴で済むのも大きなメリットだ。

 ただし、米国で承認されたCARーT細胞は、「ウイルスベクター法」という培養方法でつくる。T細胞にウイルスを介して遺伝子を組み込む方法で、安全対策や施設整備にかなりの費用がかかる。そのため、薬価のみで5300万円、その他の治療費を含めるとさらに高額になってしまう。

 日本でも同じ方法での研究がおこなわれている。これに対して、名古屋大学病院は、ウイルスではなく酵素を介して作る「酵素ベクター法」を採用する。遺伝子導入のコストは10分の1程度に抑えられるという。細胞を培養してできた製剤を検査するコストは別途かかるが薬価にも反映できそうだ。

「青虫から発見された遺伝子組み換えができる酵素を使います。信州大学病院の中沢洋三教授がアメリカ留学中にこの酵素ベクター法をCARーTを用いて細胞をつくれることを論文で報告しました。私たち名古屋大学は、T細胞培養法を使って臨床試験をしていましたので、双方の強みによって共同研究を進めてきたのです。当初は、遺伝子の組み込みにおいて、ウイルスベクター法が50~60%できるのに対して、酵素ベクター法は、5~10%程度しかできなかったのが、試行錯誤を重ね、平均50%まで到達しました。現在、特許を申請しています」(同)

■安全性を確認する試験

 高橋医師らは、厚生労働省の部会に再生医療の臨床研究を申請し了承された。2018年2月から、CARーT細胞療法の臨床試験を開始した。骨髄移植後に再発した患者を対象におこなう、安全性を確認する第1相試験だ。

「試験は3段階に分けておこないます。最初は16~60歳の骨髄移植後に再発した人3人を対象におこないます。この3人で安全性が示せたら、次に1~15歳で3人おこないます。さらに安全性を示せたら、CARーT細胞の容量を3倍に増やして1~60歳で3人、そしてそれも安全なことがわかったらさらに3倍の容量にして3人おこないます。すべてが順調に進めば12人で終了し、各試験で再検証が必要になると24人で終了します」

 この試験結果に基づき、次の段階では、1~60歳を対象にした、第2相試験を検討したいと、高橋医師は考えている。さらに数年後には、治験により、新薬としての保険承認を目指す。

 ただし、この治療は、サイトカイン放出症候群という重篤な副作用がある。高熱や血圧低下、ショック症状などが起こる可能性があるため、ICU(集中治療室)で管理する必要があり、骨髄移植の経験が豊富で設備の整った病院での治療が重要だ。

「CARーT細胞療法は、限られた病院でおこなうことになります。将来的には、遺伝子導入法を応用して、さまざまながんの抗原を認識できるモノクロナール抗体を見つけて使えるようになれば、他の血液がんや固形がんでの実用化も可能になると期待しています」

(文/伊波達也)

※週刊朝日ムック「がんで困ったときに開く本2019」から抜粋